夕陽

 夕陽を背に、生徒たちはあずま坂をのぼる。教室を出てから誰一人欠けることなく、まだ入学間もないのに一体感を感じる不思議な空気だ。

「西田、太田んちはあとどれくらい?」

「坂を少し下ったとこ。」

「俺が言い出しっぺだから、最初に挨拶するよ。」

先頭を歩いていた伊藤が後ろを振り返り、

「会いたいと思うやつは、2~3人ずつくらいで順番に太田に挨拶してくれ。」

「伊藤、今日はかっけーな。」

「伊藤ってそんなやつだったけ?」

「俺は太田に会いたいだけなんだ。」

昨日までお互いを知らなかったクラスメートたちが、放課後の短い間にすっかり打ち解けていた。


「ここ太田んち。」

小走りで西田が赤い屋根の家の前で指差した。伊藤が躊躇なくインターホンを押すと、

「はい。どちら様ですか。」

と太田の母親らしき女性の声。

「緑中1年2組の伊藤と言います。みんなで太田君に挨拶に来ました。太田君はいますか?」

「えっ。は、はい。ちょっとお待ち下さい。」

戸惑いと驚いたような声。5分くらい待っただろうか。みんな静かにその時を待っていた。ガチャっとドアが開いて、中年のほっそりした疲れた感じの女性が出てきた。20数名の生徒たちを前に驚いた様子で

「皆さん、2組の生徒さん?」

「はい。伊藤と言います。太田君と学校で一緒に勉強をしたいと思って挨拶に来ました。」

みんな黙ってうなずいた。

「・・・わざわざ弘人のためにありがとうございます。」

と深々と頭を下げた。顔をあげると、その顔は涙で濡れていた。

「今、弘人を連れてきますのでお待ち下さいね。」

涙声だったが、明るさがみえた。女性が家に戻り再び扉が開くと、そこにはTシャツと短パン姿の少年が、何が起こってるか分からないといった表情で立っていた。

「君が太田君?僕は1年2組の伊藤将太。よろしく。明日から一緒に勉強しないか?待ってるからな。」

そう言うと手を出し、握手を求めた。太田も黙って手を出し握手をした。

「じゃあな。」

と言うと隣にいた西田と田中に、

「お前らもちゃんと挨拶しろよ。」

と言って外に出た。生徒たちは、順番に太田に挨拶をして握手をした。

「俺、太田の隣の席だから、分からんことは聞いてくれよ。」

「私、お笑いが好きだから、今度ネタ見せるね。」

「体育は番号順で2人1組でストレッチするんだ。俺、太田と組だから待ってるぞ。」

一人一人が思いを伝えていくうち、太田は言葉は発しないが笑顔になっていった。その一歩後ろには、口を両手でおさえて涙をこらえるお母さんの姿があった。

最後の生徒が挨拶を終えると、全員が声を合わせるかのように

「待ってるからね。」

と太田に向かって手を振った。お母さんが涙をぬぐって、

「皆さん、本当にありがとうございました。こんな嬉しいことはないです。弘人と仲良くしてやって下さい。気をつけて帰って下さいね。ありがとうございました。」

振り絞るように挨拶し、お辞儀をした。隣で太田もぺこりと頭を下げた。


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