かすみそう

おおくまとみこ

放課後

 あれは忘れもしない30年前の初夏。中学1年の放課後の出来事。

いつものように伊藤が、机に半分腰かけて田中の帰り支度を待ちながら

「そういえば、ずっと気になってたんだけど太田って何で学校来てないんだっけ?」

この言葉がこれから起こるすべての発端となった。

「あ~、あいつか。小学生の時からしゃべりがおかしくてさ、みんなが話かけないんだよ。」

「どういうこと?」

「なんだっけ?おい、西田。太田のやつのなんていうんだっけ?」

「吃音じゃね。」

「あ~、そうだ。それだよ。」

「へ~、そうなんだ。俺、一度も太田に会ったことないんだよな。どんな奴なん?」

「そうか、お前、丘の上小だったな。太田は・・・大人しいやつで、しゃべるときすげーしゃべりにくそうなんだ。聞き取りずらい部分もあるけど、本人は頑張ってしゃべってるんだよな。色白で笑うときはほんと楽しそうに笑うんだけどな。あんま友達いないと思う。」

「そっか。学校来れないって、なんか理由あんの?」

「う~ん。西田、どう思う?」

「たぶんだけど、ちょっと話しかけにくいとか、言ってることが分かりにくいとか、雰囲気なんかな。本人も気にして学校行きずらいんじゃないか。いじめとかと違う気がする。」

「そうだよな。俺もはっきり分からんけど、そんな気がする。」

「2人がそう思うんなら、きっとみんなもさ、もやもやってした感じで避けてたんちゃうか。」

「そうかもね。」

「悪い奴ちゃうんやろ、せっかく中学になって丘小と河小が一緒になったんだし、存在を知れば面白い奴かもしれん。」

「伊藤、興味あんの?」

「俺は会ってみたいな。もともとさ人に興味あるし、まだ河小のやつ、知らんやついっぱいおるから。」

伊藤は、立ち上がって教室を見回した。

「伊藤、何考えてるん?」

返事をすることなく、教壇に立った伊藤は

「みんな、聞いてくれ。今、俺は初めて太田のことを聞いたんだ。同じクラスメートとして、どんな奴か会ってみたい。教室に残ってるみんなで太田んちに行ってみないか。」

教室には20数人のクラスメートが残っていた。突然の宣言にみんなポカーンとしていたが、窓際で談笑していた熊沢が、すっくと立ちあがり

「私も賛成!何でみんな知らないふりしてんの?気になってる人いるよね?吃音ってだけで何で避けるの?誰だって苦手なことってあるよね?無視って、人としてどうなん?って私思う。」

誰からともなく、拍手が始まり「行こうぜ」「俺も行く」と声があがった。

「学園もの気取ってんじゃねえよ。青臭っ。俺は帰るぜ。」

いつも斜に構える稲垣は、仲間2人をつれて教室を出ていった。

教壇の伊藤は臆することなく、

「賛成してくれる人は、これから俺らと一緒に行こうよ。西田、案内いいよな?」

「『俺ら』って俺も?」

「当ったり前だろ。お前がいると助かるんだ。いいだろ?」

西田の返事を待たずに、

「じゃあ、決まり!みんな、出発するぞ。」

伊藤を先頭に生徒たちはバラバラと教室を出て、つかず離れずの団体が校舎を後にした。


 


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