第20話:エピローグ

 絶対に忘れることがない三年前の結婚式。


『一生幸せにします』


 家族や親戚、そして友達が居る中で、俺は一人の女性に永遠の愛を誓った。


 純白のウエディングドレスに身を包み、ダイヤモンドの指輪を撫でる彼女。

 今日が人生で一番幸せだと主張するかの如く、満足気な笑顔を見せているのにも関わらず、その目には大粒の涙を溢れさせていた。


 心の中で絶対に幸せにしてやると誓った。

 たとえ、どんなことが起きてもだ。


 彼女だけは。

 彼女だけは守り続けてやる。


 俺は心の中で固くそう誓ったのだ。


『どうかしたの? 海斗くん、こっちをジィーと見てきて』


『楓が可愛くてさ。見惚れてたんだよ』


『も……もう、て、照れるじゃん……ば、バカ……』


『俺はバカだよ。学生時代からテストの点数も悪くて、親や先生に散々怒られてきた』


 だけどな、と呟きつつ、


『楓を選んだ選択だけは絶対に間違えてないと自覚できる。愛してるぞ、楓』


 その言葉に偽りは決してなかった。


 そして、これから先も決してない。


◇◆◇◆◇◆


「どうしたんですかー? ぼぉーとしちゃって」


 甘ったるい囁き声を聞き、俺は現実へと戻ってきた。

 椅子の上に座らせられ、手足は頑丈に縄で縛られているのだ。

 かと言って、特に痛いわけではないのは目の前に居る彼女の優しさだろうか。


「先輩♡ 他の女を思ってたなんて……言わないですよね?」


 琴美はふふっと不気味な笑みを浮かべてきた。

 その笑みの奥にはどんな意図があるのか気になるが、考えたところで答えは出そうにない。


 俺は会社の後輩に監禁されている。ていうか、自分の人生を売ったのだ。


「と言っても、先輩の気持ちが変わるのも時間の問題なんですけどねー」


「どうしてそう思うんだ?」


「だって、これから先ずっと先輩はわたし以外の女性に会えませんから」


 楓の借金を返済するために、俺は琴美の条件に乗ったのだ。

 結果自由を奪われる身となり、彼女の言いなりと化している。


「もう先輩はわたしのものなんです。一生わたしの隣に居ないとダメなんですよ」


 狂気に満ちた瞳。

 他の女を考えたら「殺す」とでも言うような気迫がある。


「一つだけ勘違いしたらイケナイことがあるんですけど……これは先輩の望みですよ?」


「俺の望み?」


「はい。優しい先輩が奥さんを捨て切れないから」


 借金だらけの堕落嫁と別れてしまえば良かったかもしれない。

 彼女とはさっさと離婚届を出して、赤の他人になれば良かったかもしれない。


「あんな人とさっさと別れてしまえば済んだのに。それなのに全然そんな素振りを見せないし」


 だが、選ばなかった。


「奥さんを捨ててくれれば……こんな手荒な真似もしないし。もっと優しくするのに」


 やはり、俺は楓のことが好きだから。

 三年前の誓いに偽りなんてないのだから。


「残念だけど……俺が愛してるのは楓だけだよ。何度裏切られたとしても」


「ふーん」


 つまらなさそうに琴美は俺の太ももに跨ってきた。

 お互いに顔を見つめ合わせることになるのだが、全然緊張はしない。

 彼女に残りの一生を捧げた日から、身体を何度も重ねたし、キスもした。

 だから——もう全く動じることはない。


「何だか、とってもイジメたくなっちゃいました。先輩がイジワルするから」


 宣言通り、琴美は俺の身体を弄んできた。

 ギブアップを言うのだが、決して許してくれることはない。

 体内の精力を全て搾り取られるまで、何度も何度も犯されてしまった。


「いっぱい出ちゃいましたね……やっぱりわたしでいっぱい気持ちよくなっちゃったんですね」


◇◆◇◆◇◆


「あ、そう思えば……先輩の奥さん、最近はずっと泣いてますよ」


 琴美は俺の家に度々顔を見せている。

 というのも、俺が彼女の元で働いた分を楓に届けに行くためだ。


「そうなのか?」


「はい。先輩の大切さを今更知ったみたいです。でも全部遅いですね」


 楓は借金で身寄りを失っている。

 家族や友人を含めてだ。

 借金だらけの人間に手を貸そうと思う物好きはそうそう居ない。


「海斗くん……海斗くん……海斗くん……って、ずっと部屋の中で囁いてました。体を縮こまらせて……ただずっとずっと」


 このままではまた闇金に手を出してしまうかもしれない。

 そう考慮し、俺は琴美に「楓が最低限の暮らしを送れること」を保証してもらったのだ。


「楓……お、俺のことをそんなにも」


「でも残念なことに会うことは一生できませんがね。先輩はわたしの家でずっとお留守番です」


 琴美の指示は絶対だ。

 彼女の気を損ねてしまえば、俺の生死は保証されないし。

 尚且つ、俺が死んでしまえば、愛すべき嫁も餓死してしまうかもしれない。


「ここから逃げ出そうとは思ってませんよね??」


「あーそれはないよ。逃げ出しても……どうせすぐに捕まると思うし」


「正解です。これから先ずっとずっと先輩はわたしだけのものなので」


 もう二度と顔を見ることもできない愛すべき人のために、今日も俺は頑張れる。


 彼女に何度も裏切られてきたけれど。

 彼女が好きなのは俺ではなく、お金だったとしても。


 それでも——俺は彼女が好きだから。愛しているから。一生幸せにすると誓ったから。


 だからこそ、彼女の幸せだけを願う俺は自由を失っても構わない。


「もしも、わたしを裏切るような真似をしたら、奥さんどうなるかなー?」


 でも、と琴美は耳元で小さく呟いてきて。


「安心してください。すぐに奥さんのこと忘れさせてあげますから」


 この世界で一番俺を愛していると言っても良いだろう後輩が甘い口付けを交わしてきた。そのまま俺の有無も聞くこともなく、ただ馬乗りになって、二回戦目を御所望するのであった。


              (完)


◇◆◇◆◇◆


 真夜中ではないのにも関わらず、電気を消して、尚且つカーテンを閉め切って真っ暗闇な部屋の中。


 堕落嫁の楓は部屋の隅で体操座りをし、涙を溢しながら。


「海斗くん……海斗くん……た、助けて……助けて……」


 言ったところで誰も彼女の前には現れない。

 今更助けを呼んでも全てがもう遅かった。


「戻ってきて……ひとりぼっちにしないで……寂しいよ、寂しい……寂しいよぉ……ひ、ひとりにしないで……良い子になるから……良いお嫁さんになるから……だ、だから戻ってきて」


 泣き叫ぶ形で言うけれど無意味。

 借金だらけで彼女を支えてくれる人は誰もいない。

 根っからの横暴な態度で、非常識ばかりの彼女に世話を焼いてくれる人など、もう誰もいない。


 彼だけだったのに。


 高橋海斗だけだったのに。


 それなのに。


 楓は何度も何度も彼に対して酷いことをしてきた。


「ごめんなさい……ごめんなさい……海斗くん……ごめんなさい……ごめんなさい……嫌だよ……ひとりは嫌だよ……ひ、ひとりはいや、ずっとずっとひとりは嫌だよ……やだやだやだ」


 駄々を捏ねても無駄。全部無駄。

 素直に反省する姿は素晴らしいが、自業自得である。


 欺くして、今日も彼女は後悔する。

 自分自身の過ちに気付いて。

 過去を何度もやり直したいと思いながら。


 だが、決してその夢は叶わない。


 彼女に残された道はただ一つ。


 これから先、ひとりぼっちで生きていくほかない。


————————————

あとがき


 読者の皆様お疲れ様でした。

 多くの読者から応援コメントを頂きました。

 正直言って、貴方達が居なければこんな作品を書けなかったと想います。


 投稿が若干遅れたのは大変申し訳ない。


 初投稿が「2021年10月21日」なので約1ヶ月半の連載!?


 個人的にはもう少し早めに終わらせたかったのですが、他作品との折り合いもありまして……まぁー結構長引きました。


 今回のオチは最初から決めてました。


 主人公である海斗くんが堕落嫁の楓を一生幸せにする。


 と言っても、堕落嫁は身寄りを失くし、お金だけは与えられる。ただちっとも幸せになれない。今更海斗くんだけが自分を見てくれたと気付いたとしても、もう全てが遅いと。


 だって、もう彼は琴美ちゃんに監禁されているのだから。


 ていうか、自分の一生を売ったというのが適切な表現です。


 裏設定ですが……闇金業者と琴美ちゃんは繋がっています。


 堕落嫁を借金だらけにしたのは琴美ちゃんです。

 これも全ては先輩を手に入れるためだと。末恐ろしい。


 今作で伝えたかったメッセージは「愛かお金か」でした。


 今作が面白かったと思う方々は、是非とも作家フォローを!

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「一生幸せにします」と誓って早三年。社畜な俺は毎日残業続きだが、堕落した嫁は家でゴロゴロ。もう限界と離婚宣言したが、「幸せにするって言葉はうそだったの?」とか抜かすんだが、マジでコイツ殺処分してくれ。 平日黒髪お姉さん @ruto7

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