第29話

たくさんたくさん、『イデヤ』が知らなかったことを話してくれた立花。

目に涙を浮かべ、震えて、でもまだ話を続けてくれた。


「真理が目覚めてから、様子がおかしかったから。

あの世界に行ってたんだって思ったけど、でもリーのことは憎んでるだろうから聞けなかったよ」


涙をこらえるように深呼吸。

そんな立花を俺は見つめるだけ。


「真理のノートを見たんだ。イデヤが遺したスケッチと同じ絵だった。

それに、髪をかき上げようとしたり、姿勢がよくなってたり。

真理はイデヤになったんだって確信した。

僕のことに気付いてるかどうかは分からなかったけど、でも、リーのことは憎んでるだろうし」


立花は混乱してる。頭の中がぐるぐるになってる。

ぐるぐるをほどいてあげたい。


「立花。立花は、思い違いをしてる」


「何を?何を思い違いしてるっていうの?」


手に持ったままだった指輪を机の上に置き、立花に近づく。手の震えは止まっていた。

軽く抱きしめ、背中をとんとん。


「俺は、リーを恨んでも憎んでもない」


「うそだ」


立花は身をよじった。

だけど逃がさない。腕に力を入れると、立花は逃げるのは諦めたようだけどうーうー唸った。


「うそじゃないよ。

夜会で、リーと従兄さんの話を聞いちゃって。俺は…。そりゃ、つらかったけど。

でもリーのことが何をどうしても好きだったんだ」


リー。俺のリー。きれいなリー。俺を褒めてくれたリー。

『イデヤ』が死んだあと、後悔の念をもって生きてたリー。


「なあ、今だけ、立花じゃなくてリーに話しかけていいか?」


そう尋ねると、立花は小さく頷いた。

それを合図に抱きしめる腕をゆるめ、ゆっくりと視線を合わせる。

ここにいるのは立花だ。だけど、立花の中にはリーがいる。

三年以上も一緒にいたリー。


「リー。リーの気持ちに気が付かなくてごめん。

ひとりにさせてごめん。

大好きだよ。リーと会えて、すごくすごく、しあわせだったよ」


いかん。泣きそうだ。

立花の中にリーはいるけど、でも俺は二度とリーに会えない。

ごめん、立花。俺は今、リーを想って泣きそうだ。


「イデヤ…!」


俺をイデヤと呼んだ立花。俺に縋りつき、わんわん泣いた。

我慢してた俺も、つられて涙がぼろぼろこぼれてしまった。



ふたりでさんざん泣いたあと。

外はもう夕日の色になっていた。

ふたりして目が腫れぼったくなっていたので、立花が保冷剤をタオルにくるんでくれた。

それを目に当ててベッドでふたりして静かに仰向け。

だんだんと心も落ち着いてきた。立花もそうなのだろう。


「たくさん泣いてごめんね」


控えめにそう謝ったが、俺は全く気にしない。泣くのは悪いことじゃない。


「いいんだよ。俺も泣いたし。それに…」


「それに?」


「ずっとそばにいるから。

泣いてもいいんだ。立花が泣いたときは、俺が抱きしめる」


リーがひとりで泣いてたのを想像すると、つらい。

立花がひとりで泣いてるのを想像すると、これまたつらい。


つらいことは想像したくないけど、想像するからこそ何かが起こったとしてもすぐに対処できる。きっと。

などと考えていると、隣からぐすぐすという音が聞こえた。


また立花が泣いてる。俺は早速抱きしめた。




そんでもって、数日後。


「ところでさ。僕とリーと、どっちのほうが好き?」


立花の家でのんびりしてたら、急にそんなこと聞かれた。


「なんだその質問は」


「神殿騎士団が消した『大切な人の記憶』って、僕のことだよね。

僕のことを忘れて、リーのこと好きになったんだよね」


「そうだな」


「僕のこと覚えてたら、リーのことは好きにならなかったのかな?」


なんという質問。答えに窮する。


「難しい質問はやめてくれ。どっちもお前だろ」


ふふっと立花は笑った。本気で追及するつもりじゃなかったようだ。


どっちも好き。

なんて、立花を前に言えるセリフではない。

立花の中にリーはいるのかもしれないけど、やっぱり、俺にとってリーはリーで、立花は立花だ。

リー、ありがとう。立花もありがとう。

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夢か現か幻か のず @nozu12nao

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