第28話 立花視点

入学式の翌日から、ただの同級生という範囲を超えて真理に構った。

大学ではできるだけ傍にいたし、すぐに大学の外でも一緒にいるようになった。

部屋に上がり込んで、食事や掃除など世話を焼いた。

同じところでバイトしようと誘った。

僕がいないところで、真理が危ない目に遭わないように。病気にならないように。


後から冷静に考えると、真理に厄介だと思われても仕方ない行動を繰り返していた。

何をするにもついて回るし、あれこれ口出しするし。

真理もたまに呆れてる様子だったけど、嫌がったり僕を遠ざけたりはしなかった。

野菜も食べなきゃと口うるさい僕に「そうだな。じゃあ、おいしいドレッシング探しに行こう」と言ってくれた。

クシャミをした真理に上着を貸してあげたら「立花のおかげであったかい。いいにおいだ」と喜んでくれた。

イデヤと真理は同じ人物と疑うべくもないけど、イデヤのことは変わらず好きで、真理のことを知るとまた好きになった。



あるとき、学食で。

焼き魚定食を食べる真理に「醤油は少しね。塩分摂りすぎはだめ」と注意をすると、友人たちに笑われた。


「井出矢の嫁かよ」


そんなふうに周囲に揶揄されても照れたり恥ずかしいと思うこともなかった。

ただ、真理が心配だった。

ううん、そうじゃない。

真理を失うことが怖かった。

どこにも行かないで。連れて行かないで。神に毎日祈っていた。



大学は男ばかりだったけど、バイト先には女の子もいた。

僕は見た目のおかげで声を掛けられることも多かったけど、いちいち相手にしてられなかった。


バイト終わりのある夜。

真理と店を出ると、そこにバイト仲間の女の子が待っていた。


「今度の休み、映画に行きませんか?」


明らかに僕だけを見て僕だけを誘ってたけど、行こうなんてちっとも思わない。


「真理と約束してるから。ごめんね」


真理と話をしていた。まだ引っ越して間もないし、次の休みにこの近くの探索に出ようと。

僕が断ると、女の子はあからさまに顔をしかめた。


「休みの日まで一緒なんですか?うわー」


周りがどんな反応をしようと、僕は気にしなかった。

真理が大事だから。好きだから。どこにも行かせたくないから。


女の子がぷりぷり怒って帰っていく後ろ姿を見て、真理がおずおずと俺に聞いた。


「立花はイヤじゃないのか。あの、俺の面倒見るの。からかわれるのも」


真理の顔を正面から見る。緊張した面持ちだった。


「イヤじゃない。僕は、真理のことが…好きなんだ」


好きだという言葉。リーが本心では言えなかった言葉。

リーの想い出のイデヤも、僕の目の前にいる真理も、どちらも好きだ。


「あ、あう。あの。ありがとう。俺もその、立花のことが好きだ。

俺のこと心配してくれるのが、あの、家族以外の人にこんなに心配してもらえるのが、こんな嬉しいなんて」


真理は僕を好きになってくれた。世話を焼きすぎてる僕を、受け入れてくれた。

それはとてもしあわせで、とてもおそろしいことだった。

どうかどうか、何も起きないで。

そう祈っていた。


何事も起こらず、二年が過ぎた。

このまま何も起こらずにいてほしいと思いながらも、ますます過保護になっていたある日曜日。


寝坊してないかなと真理に電話をかけたら、ちゃんと起きてはいたものの鼻声だった。


「真理、風邪引いてるの?」


「うーん。そうかも。ちょっとだるい」


無理をさせてはだめだ。大人しくしててもらわないと。


「今日のシフト代わるから。だから寝てて。絶対寝てて。バイト行かないで」


「いいって。バイトくらい平気」


真理は電話口で笑ってたけど、僕はソワソワがおさまらなかった。

来ないでと言ったけど、真理はバイトに来るだろう。

追い返して、代わりに入って、バイトが終わったら看病しないと。


バイト先に行くと真理は来てなかった。

おとなしく寝てるんだなと思う一方、もし、倒れてたら。

イデヤは熱を出した状態で神の座に倒れていた…。

悪い想像が膨らんだ僕の顔色も悪かったみたいで、店長に早退を勧められた。


走る、走る。

真理のアパートまで息を切らして走った。


「真理!真理!!」


インターフォンを鳴らしても反応がないので、預かっていた合鍵を取り出す。

手が震えて鍵がなかなか鍵穴に入らなかった。




救急車を呼んで運ばれた病院。

真理の携帯から実家に電話をかけ、その日の最終の新幹線で真理のお母さんが来た。


「真理はしぶといから、きっと大丈夫よ」


お母さんは気丈に振る舞っていた。気を遣わせてしまった。僕が泣きはらして憔悴していたから。

赤の他人の僕が生気を抜かれたようになっていたから、逆に冷静になっていたのだろうと思う。


少し休んだあと、お母さんと交代で真理に付き添った。

真理の意識は今、あの世界にあるのだろうか。


「真理。帰ってきて。

その世界で酷い目に遭うよ。リーは酷いヤツなんだよ。僕のほうがいいよ」


三年、目が覚めないのだろうか。そして、あの世界でイデヤが死んだとき、ここにいる真理も死んでしまうのだろうか。


「死なないで。お願い」


昏々と眠り続ける真理の手を握って、ひたすら祈った。

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