第4話

 俺は今コボルトダンジョンの最奥、通称ボス部屋の前にいる。 

 コボルトダンジョンは全2階層のダンジョンである。全2階層のダンジョンはあまり広くはない。そのため、ゴブリンダンジョン以外には入ったことのない俺でもすんなり辿り着くことができた。


 ボス部屋には扉を開けて入る必要がある。その扉はボス部屋と言うだけあった、荘厳な様相だった。


 勇気を出して、扉を開ける。


 中にいたのは赤い毛色のコボルトだった。

 通常のコボルトの毛は黄色だ。色が違うということはつまり、コボルトの上位種、変異種、進化種のどれかの可能性があるということだ。


 上位種は通常モンスターよりも強い能力を持った上位種族。変異種は種族は同じだが、通常モンスターとは比べ物にならない能力を持ち、見た目が少し変化していて、ユニークモンスターとも呼ばれる。進化種は通常モンスターが力を得た結果、進化した姿で、多くの場合は体が大きくなるという変化を遂げる。


 通常のダンジョンボスはダンジョン内に出現するモンスターの進化種である場合が多い。

 このコボルトダンジョンのボスモンスターはコボルトキングというモンスターだったはずだ。コボルトキングはコボルトの3倍程の大きさで、頭に王冠を載せているそうだ。


 しかし目の前にいる赤色のコボルトはその外見とはかけ離れていた。


 おそらくは変異種、ユニークモンスターだろう。

 コボルトの上位種は杖を持っていたり盾を持っていたりするが、体毛の色が変化することは無かったと記憶している。知り合いも赤いコボルトについては何も言っていなかった。

 ユニークモンスターの討伐推奨レベルは最低でも通常モンスターの討伐推奨レベルの4倍ほどになるらしい。


 コボルトの討伐推奨レベルはダンジョンがEランクのため、10以上となっている。10の4倍。つまり最低40レベル必要ということだ。


 それに対して俺のレベルは30。推奨レベルとは10も差がある。普通に考えたら敵わない相手だ。しかし俺の能力値は【ステータス】のポイントによって強化されている。能力値のみで考えればレベル40の敵とも戦えるだろう。


 だから俺には焦りも、恐怖も、危機感も無かった。

 あるのはただ強くなりたいという考えと、喜びだけだった。強い敵と戦えば、俺はもっと強くなれる。強い敵を倒せば、妹の回復にも一歩近づく。


 俺は1本の剣を手に、前へと進んだ。

 赤いコボルトも同時に前進する。



 初動は、俺の方が早かった。速度のみを重視し、地面を蹴る。一瞬でコボルトと接近し、剣を振る。通常のコボルトであれば反応すらできない速度だった。


 しかし赤いコボルトはその速度に反応し、持っている剣を俺の攻撃に合わせた。


 一瞬にも満たない攻防。それだけで両者ともに、相手の実力を見抜いていた。


 互角。それが俺の出した答え。おそらく相手もそう思っているはずだ。

 俺とコボルトは少々距離を取る。

 数秒間、俺とコボルトには何もしない時間が流れていた。見極めているのだ、相手の行動を。


 次の行動はコボルトの方が早かった。一瞬で距離を詰められ、攻撃される。反応速度が遅く、俺は攻撃を受けることになった。そこが隙となり、コボルトは連続で攻撃を仕掛けてくる。


 何とか防げてはいるものの、このままでは防戦一方だ。そう考えた俺は、もう一度コボルトから距離を置こうと回転をしながら回避行動を起こした。


 また距離が生まれた。今度はこちらが攻撃する番だ。

 俺は駆け出し、また剣を振るう。おそらく、剣の技術は俺が勝っているのだろう。緩急をつけながら攻撃することで、コボルトは反応できていない。


 このまま行けば勝てる。俺はそう考えてしまった。その油断をコボルトは見逃さなかった。


 俺が攻撃を弾かれた瞬間を狙った、コボルトの剣撃。完璧なタイミングで放たれた攻撃に対して俺は防ぐ術を持たなかった。


 腹から溢れ出す鮮血。思ったよりも傷は深い。しかし痛みは感じない。

 アドレナリンというのだっただろうか。今は戦闘の興奮で、痛みなど感じていない。否、感じている暇などない。


 コボルトは笑っていた。

 俺もおそらく笑っていた。

 同時に動き出し、同時に攻める。


 もう、守りなんてつまらないことはしない。これからは攻めて、攻めて、攻めまくる。

 コボルトも、攻めの姿勢を見せ、防御する素振りなど一切見せない。


 どちらの攻撃も、相手の体に傷を作る。

 俺の攻撃によってコボルトからも血液が流れ出ている。俺同様、痛みでは止まらないようで、嵐のような猛攻に一切手を緩めない。


 しかし、俺の剣によってコボルトの腕が切断される。血が飛び散り、辺りを真っ赤に染め上げる。流石に腕が切り落とされて痛みを感じないわけがなく、コボルトは顔を顰めた。

 隙が生まれた。迷わず連続で攻撃し、コボルトの体を切り刻んでいく。血が大量に流れていく。


 気がつけばコボルトは動けなくなっていた。様子を見る限り、生きてはいるのだろう。しかし血が流れすぎたのか、動くことはできなくなっていた。


 俺はコボルトの前に立つ。もちろん、トドメを刺すためだ。しかしその前に言っておきたいことがあった。


 「最高の戦いだった。また戦おう。」


 そう言って俺はコボルトの心臓に剣を突き立てる。


 コボルトの口角は上がったままだった。笑いながら死んでいった。

 戦闘が終わったためか、集中力が切れた俺はコボルトの肉を食うことにした。この食事が俺をさらに強くしてくれるだろう。そう思いながら黙々と食っていった。


 全ての肉を食い尽くしたころ、脳内に声が響いた。

 《レベルがアップし、レベルが35になりました。ユニークモンスターのソロ討伐を確認。ユニークスキル【紅血戦士】を獲得。加えて対象の成長を確認。大罪系ユニークスキル【暴食】に能力が追加されました。》


 新たに入手したユニークスキル【紅血戦士】。さらに【暴食】も強化されたらしい。また強くなれたようだ。


 ふと握っている剣を見ると、ヒビが入り、刃が欠けているところも見受けられる。5年前に少し奮発して購入し、今まで使い続けてきた剣だ。今回の戦いではかなり無茶な扱い方をしたし、長い間使ってきたのだから、壊れるのが当然と言えば当然だ。

 ならば最後はできる限りの感謝を伝えよう。この剣が無ければ俺は死んでいたのだから。


 「今までありがとう。お疲れ様。」

 そう、剣へと感謝の気持ちを伝えた。


 《ダンジョンのソロ踏破を確認。対象に報酬が与えられます。》

 そうだ、俺はダンジョンをクリアしたのだった。戦闘の余韻やその他諸々ですっかり忘れてしまっていた。そしてどうやら報酬とやらが貰えるらしい。


 《現在の状況を確認。対象が今最も必要としているものを贈与します》


 最も必要としているもの?ならば俺は真っ先にポーションと答える。武器やレアな素材なども欲しい気持ちがあるが、妹が最重要だ。できるなら、ポーションが欲しい。それも、上級のポーションだ。


 《ダンジョン踏破の報酬として、対象に上級ポーションを贈与します》


 どうやら報酬は上級ポーションに決まったらしい。上級ポーションは買えば数億は下らない超高級なアイテムだ。これを手に入れられたのは幸運だ。やっとこれで妹を治せる。


 それに、先ほど戦ったコボルトから入手した魔石はランクで言うとDランクでも上位の純度の魔石のため、売れば数10万にはなるだろう。さらにユニークモンスターの魔石ということもあり、もっと高値で売れるかもしれない。


 そうなれば妹と暮らせる日も近くなる。

 そんなことを考えている俺の頭に、またシステム音が響く。


 《さらにダンジョンソロ踏破の報酬として、対象の武器を進化させます。》


 踏破の報酬とソロ踏破の報酬は別らしい。まあダンジョンにソロで挑んでユニークモンスターを討伐する人間なんて少ないだろうから知られていなくて当然かもしれない。

 ソロ踏破の報酬は武器の進化。つまり、今まで使っていた武器をまた使えるようになるということだろうか。


 《対象の『無銘の剣』を『吸魔の剣』へと進化させました。『吸魔の剣』の詳細は【ステータス】にて確認できます。》



 システムの声が聞こえなくなると同時に、手中の剣が眩い光を発する。

 数秒発光し続け、光が消えた瞬間には剣の見た目は全くの別物になっていた。

 今までの剣は銀色に輝いていて、シンプルながらも力強さを感じさせていた。

 進化後の剣は形こそ変わらず、今まで使ってきたことによりついた癖などは残っているものの、刃は赤黒く染まり、鋭さを感じさせている。重さも変わらないため、取り回しの面では何も心配はいらなそうだ。


 この剣の詳細をステータスで確認してみる。



 吸魔の剣 

 契約者・葛川 流星

 ・僅かながら知性を持った魔剣

 ・契約者の魔力を吸収することでより強力な剣へと進化していく



 どうやら魔力によって成長する武器らしい。この武器があればさらなる高みを目指せること間違いなしだろう。

 上級ポーションと進化した武器を手に、俺は腹から血を流しながらダンジョンを後にした。

 

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真月の英雄〜現代ダンジョン探索譚〜 剣崎 司 @tsukasa99

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