第2話

 翌日は朝から雨が降っていた。

 傘を片手に通学路を歩いていく。ぼつぼつぼつ。雨粒を弾く音をBGMにして秋太は学校を目指していた。

 鞄の中には昨日図書室から借りた小説が一冊。教科書などは当たり前に教室の机の中。寝不足で大きな口を開けてあくびをする。さすがに一晩で読もうとするのは無謀だったか。

 のんびりとした足取りで、秋太は周囲を見まわす。同じ制服を着た男子女子がお行儀よく並んで歩いていき、その中に春子の姿を見つけた。少し早歩きをすれば追いつける。だが、秋太と春子は友達ではない。話したのも昨日が初めてだ。わざわざ声をかける必要もないので、秋太は流れに身を任せて学校へ向かっていく。

「私、雨が好きなんだ」

 いつの間にか秋太の隣に来ていた春子がひとり言のように呟く。

「雨の音ってなんだか落ち着いたりしない?」

「よく分からない」

 雨は好きでも嫌いでもない。至って普通だ。降らなきゃ水不足で困ってしまう。北陸は雨が多い土地なのでそんな心配する必要ないと思うけれど。

「どうしたの? そんな難しい顔して?」

 秋太の視線に春子は首を傾げて尋ねる。

 どうしたもこうしたもない。

「それで何か用?」

 前を歩いていた春子がいつの間にか隣にいるのだ。控えめに言って身構えるのも無理はない。

 少し考えるそうな素振りを見せた春子は、

「眠たそうだけど大丈夫?」

「疑問を疑問で返すなよ。まぁ昨日はあまり眠れなかった」

 小説を読む時、場面を想像しながら読むのが一般的と言われている。そうでなければ小説なんてつまらない。秋太もこの考え方に共感しているから、速読をした次にじっくりを物語を読むことにしている。気に入ったものであれば一日に数回読むのも珍しくない。

「夜はちゃんと眠らないとダメだよ?」

 面白おかしそうに笑う春子を見て秋太はふんと鼻を鳴らす。

 誰が為に寝不足になったと思っているのか。

「あ、そういう態度取ってもダメだからね? 嘘吐いたら針千本!」

 春子は少女の皮を被った鬼かもしれない。

「それじゃ先に行くね」

 そう言って春子は早歩きで秋太から離れていく。

 遠ざかる背中を眺め、足を止めて空を見上げる。

 いつの間にか空は青空が広がっていて、傘に付いた雨粒を払いながら畳む。鞄の中に入っている小説を取り出して、秋太はその表紙を軽く手のひらでなぞった。

『半径85センチメートル』。

 まだ子供の秋太には届かない。

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半径85センチメートル もち米ユウタ @mochi0410_yuuta

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