半径85センチメートル

もち米ユウタ

第1話

 昔話をひとつしよう。

 富山県の田舎町にいたとある少年少女の物語だ。

 少年──細野秋太は県内の小学校に通っていた。田舎町の学校でクラスは一学年二クラスしかない。学年が変わってもほぼ見知った顔ばかりで、退屈とまではいかないが平凡な日々を過ごしていた。

 勉強は苦手で運動も好きじゃない。秋太を簡単に説明するなら、アニメやマンガの世界にいるモブキャラクターを想像するのをおススメしよう。

 平凡な人生を歩んでいた秋太は現状を満足していた。物語に登場する主人公に全く惹かれないかと言えば嘘になる。ただごく普通の家庭に育った秋太には無縁の話だと割り切っていた。

 そんな秋太の平凡に終わりがきたのは小学五年生の春だ。代り映えしないクラスメイトの中に、新しい顔が一人増えた。少女の名前は高嶋春子。東京から引っ越してきた転入生だ。

 春子の第一印象は大人しく弱弱しい。肌の色は夏を知らないかのように真っ白で、同年代の子と比べて肉付きも少なかった。休み時間は教室の中で本を読んでばかりいて、放課後は図書室でまた本をずっと読んでいる。秋太も読書は嫌いじゃないが、かと言って四六時中読んでいたいとも思わない。総合的判断で春子と関わらないと決める。だが、

「その本、面白い?」

 放課後の図書室で春子に声をかけられた。

 気付けば他の利用者は誰もいない。

「まぁ普通」

 秋太がここへ来た時、春子は奥の席にいたはずだ。それなのに、今はどうしてか目の前にいる。わざわざ席を移動してまで本の内容が気になったのだろうか。それならもう少し興味をそそるような返事をするべきだったかもしれない。

「そっか、普通なんだ。……ねえ、どんな感じに普通なの?」

 本の感想を普通と答え、その詳細まで聞かれると予想していなかった秋太は腕組をして俯く。

 あーでもない、こうでもない。ただの時間潰しに読んでいただけで、なぜ悩まされなければいけないのか。そんなに知りたければ自分で読めばいいだろう。喉まで出かかった言葉は、春子の表情を見て腹の底に沈む。

 窓の外から夕陽が差し込み、春子の顔をほんのりと照らしていた。楽し気な春子を見て、秋太は瞬きを忘れて魅入る。

 春子はその容姿と本を読む姿が様になっていて、クラスメイトから「絵みたい」と言われていた。その意味がようやく分かる。

「細野くんどうしたの? 私の顔に何かついてる?」

 まさか春子に魅入っていたと言えるはずもなく、秋太は慌ててかぶりを振る。

「本の感想だけどさ、適当に読んだから本当は普通かどうかも分からないんだ」

「そうなんだ。じゃあ明日感想聞かせてね」

 どうあっても自分で読む気はないらしい。

「分かった。約束する」

「指切りげんまん、嘘吐いたら針千本のーます、指切った! それじゃあまた明日ここで」

 秘密の約束をした春子は帰り支度をして図書室から出ていった。

 強引に繋がれた小指に視線を落とし、その余韻に浸るよう指を動かす。

 約2時間かけて読んでいた本のタイトルは『半径85センチメートル』。

 少年少女の青春を描いた恋の物語だ。

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