最終話 顔

「おい」顔に向かって怒鳴る。


傍から見れば、頭がおかしくなったと思われても仕方ない、現に背中に感じる野球部の奴らの視線が痛い。


何故見えもしない視線が痛いのか、見える見えないは大事ではない?なら今見えている、この顔だって、顔?


一瞬で俺の心は凍りついた。


「渚、逃げろ振り返るな、何があっても聞こえても振り返るな、走ることだけ考えて走れ」


俺が、この言葉を言い切れたのか、途中で終わってしまったのかは分からない、渚に声が届いたのかも、渚が逃げ切れたのかも分からない。


分かったことは、あれは顔ではない、顔に見えていたものは顔ではなかった。


擬態だ。


眼球も鼻の穴も口も、黄ばんだ皮膚に描かれた黒や赤の模様でしかなかった。


表情に見えていたのは、皮膚に合わせて模様が動いていただけ。


地中に顔半分が埋まっている訳でもない、見えている姿が化け物の全体像なのだ。


ただ顔に似せているだけ、近づいて声をかけた後に気づいたが、遠くから注意深く観察してれば分かったかも知れない。


しかし、最早手遅れだ。


顔だと思い込んでいたから、漠然と意思が通じるのでは?と考えていた、それは間違いだった。

また顔が半分地中に埋まっているのだから直ぐには動けまいと、自分たちの俊敏さの優位を疑いもしなかった。


----


振り返って渚に叫びながら、瞬間胸が熱くなる。


化け物の耳だと思っていたのは、とぐろを巻いた触手、それが一瞬で伸びて胸を突き刺した。


野球部の視線なんて全然痛くない。

胸を貫かれた痛みが教えてくれた。(了)

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東江とーゆ @toyutoe

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