第二試合 思いを演じて

第1クォーター

踏み外す彼女①

 学校の南東に聳え建つ3年棟。その2階の1番西側の教室。俺は自分の席に座ったまま、腕を組んで目を瞑る。続けて格好をつけてこう発した。

「まだだ。まだその時ではない」

「何言ってんだお前。早く英語科行けよ、柴原しばはらに呼ばれてんだろ」

絵を描きながら彼にそう言われた。ぐうの音も出ない。

 ここは俺の教室である3-M。MはマシンのMであり、俺は葛南高校の3年生、機械科の生徒である。さっき俺にツッコミを入れたのはクラスメイトで親友の神崎かんざきかえでだ。「楓」という名だが性別は男。こいつには昼間、カラオケに誘われたが放課後は柴原に呼ばれてると断った。

 楓にも急かされ、他にやる事も特にないので「来い」と言われたアイツのところに行くとしよう。本当はあんまり行きたくないんだけどね。しょうがないね。呼ばれたし、部長だし、恩師だし。あんなヤツが恩師だと思うとぞっとする。

「わかった、行くよ。じゃぁな楓」

「おう。また」

手を振る楓に手を振りかえして、俺は荷物を持って教室を出た。

 教室を左に出た俺は廊下を右に曲がり、中央棟に入る。曲がらずに真っ直ぐ行くと建築棟だ。ちなみに機械科棟は中央棟を挟んで向かい側にある。1番近い階段を2階分上がって4階にたどり着く。すぐ右の部屋が社会科。そのさらに隣の部屋が行きたくないアイツの職員室だ。

 我らが葛南高校は増築に増築を重ねたH型の校舎であり、中は入り組んだ立体迷路と化している。特に上層階である4階は、渡り廊下が一切なく隣の校舎に行くためにわざわざ階段を降りなければならない。移動教室で遠い部屋だと10分じゃ正直間に合わない。どうにかしてくれ。俺たち生徒は廊下を走ると怒られるんだよ。授業に遅れても怒られる。この世は理不尽である。

 そんなダンジョンめいた構造のおかげで社会の理不尽さを身をもって学べる素晴らしい高校に通っている俺こと色井いろい拓偉たくいは担任兼顧問の柴原英章ひであきに呼び出され、やっと英語科に着いた。気が重い。

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