その放課後は今までと少し違って②

 部屋に入ると、机の上にA4の紙が横向きにいてあった。何か書かれているようだ。

『やあやあ、選ばれし3人よ。よくぞここまできた。君達にはまずここの掃除そうじからやってもらおう。次期部長じきぶちょう拓偉たくいくん、ちゃんと2人をまとめるんだぞ!それじゃぁこれから卒業そつぎょうまでこの万部ここを頼みます。先代部長せんだいぶちょう 高嶺琴羽たかみねことはより。PS:掃除が終わったらカンカンの中のお金でスイーツでも買って食べてね♡』

 そして、その紙上に銀色のチープなかんの箱が文鎮代ぶんちんがわわりに置いてあった。今時いまどきカンカンなんて言うJKいないぞ。あ、琴羽姉ことはねえはもうJKじゃないか。だとしてもカンカンはふるくさい。

 俺は思わずため息がれる。

仕組しくまれたって事か。琴羽姉!」

「はは、先輩らしいね」

清佳が笑った。遥香はスイーツ!スイーツ!とパタパタ足をらしながらはしゃいでいる。単純たんじゅんだな、微笑ほほえましい。

 何気なにげなくその紙をでるとザラッとした感触があり、時の流れを感じさせる。

 琴羽姉こと高嶺琴羽はバスケ部の先輩だ。この春に卒業そつぎょうして、今は「女性が活躍かつやくする社会を作るんだ」と言って工場で働いている。パワフルな女の先輩だった。元気にしてるかなぁ。

 姉と言っても血がつながった姉弟ではなく、あくまで俺がそう呼んでるだけ。一年のころから面倒めんどうを見てくれたからちょっと姉っぽいなと思って、勝手にそう呼んでいる。念願ねんがんの“姉”の存在である。くだらいことで笑いあったり、時にはしかられたり、本当の姉弟のような錯覚さっかくをしていた。

 そんな思い出に1人しんみりとひたっていると、俺たち3人がよーく聞き馴染なじんだ声が聞こえる。

「お前らー。やってるかー?」

棒読みな上にノリが古い。今年1月に見事結婚を果たした御歳おんとし34。俺の担任たんにんまんして、柴原英章しばはらひであきのご登場である。

 と言ってもおそらく、バスケ部引退のくだりで一瞬ぐらいは姿を見せているだろう。読んでるみんなは想像してみよう。緑色の服を着た小さな男の人だよ。

 彼はバスケ部の顧問こもんであり、この万部の顧問でもある。俺達3人も元はバスケ部で、万部と言っているこの謎の部はバスケ部の伝統みたいなものだ。読み方は「よろずぶ」。手紙とお小遣こづかいいを残してくれた先代部長の琴羽姉も元はバスケ部で諸々事情もろもろじじょうがあって柴原が顧問を兼任けんにんしている。

 俺個人としては何もうれしくない。担任と部活の顧問が同じというのはつまり、学校にいる間常あいだつねに彼の支配下しはいかにいるというわけだ。教室で「さようなら」と言った人に対して、10分後に体育館で「こんにちは」と言う。何をしているのか自分でもわけがわからなくなる。

 俺の不満ふまんなんて聞いても誰も喜ばないだろうから、話を戻そう。いや自分勝手に話をしたって良い。

 伝統というのは、引退した三年生が退屈たいくつしないようにという表向おもてむききの理由で毎年希望者だけが参加するというものだ。だが、最低3人は参加しなければならず、俺は柴原になか強引ごういんに参加させられた。あの手紙を読むに琴羽姉も一枚噛いちまいかんでるだろう。たぶん。

 清佳は俺がかわいそうだから、遥香は清佳がやるならという理由で加わってくれた。可愛かわい2人が一緒で僕はとっても嬉しいです。

 ちなみに「表向きの理由」と言ったのは、実際退屈しのぎどころではなく行事や集会の準備、生徒のなやみ相談などやる事が多い。なんなら先生達は毎年使いたおしている。それが「最低三人」という条件の真相しんそうだ。「バスケ部に人権じんけんは無い」というのは有名である。

「僕らも今きたところですけど。あの掃除用具ロッカー使って良いんですか?」

「んあぁ、良いよ。終わったら俺のこと呼びに来てな。体育館にいるから」

そう言って柴原先輩は体育館に向かった。なんだよ、茶化ちゃかしに来ただけかよ。

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