体育館履きに隠れて⑤

 *鶴


先輩達が去った後、俺は恐る恐る彼女に近づいた。

「あ、あのっ」

沙木空音がキッと俺をにらむ。こわっ。あんなの見た後だから余計に怖い。本人もあんな姿をクラス中にさらされて相当不機嫌なのだろう。でもここで逃げちゃいけない。そんなずるい事はできない。だから俺は勇気を振り絞った。

「ごっ、ごめん」

俺は気をつけの姿勢から深々と頭を下げた。

「今更なんなわけ」

沙木が食い気味に言ってきたが、俺は頭を上げてそれを遮るように続けた。

「体育館履きの事。それと、自転車のパンクも。俺がやったんだ。ごめん」

「はぁ?謝って許される問題じゃないから」

沙木の苛立ちが増す。それでも俺はどうにか沙木に気持ちを伝えようとした。

けれど彼女は受け止めてくれる様子はなく、何か他の手段を考えた。

 すると背後から言葉が飛んできた。

「なぁ、空音。お前最低だな。雅哉まさやが素直に謝ってんだから許してやれよ。それにお前だって謝るべきじゃねーの?」

うちのクラス一番のイケメン。地鳥ぢどり裕也ゆうやである。

 その言葉を筆頭にクラス中の男子が言葉を投げ始めた。「そうだ、謝れ」「お前、マジでい加減にしろよ」「ちょっと可愛いからって調子のんなよ」

悪意のある言葉が。沙木を傷つけるための言葉が。かつて俺が彼女に浴びせられた何倍もの罵声ばせいが教室中に響いた。

 俺は聞いていられなかった。こんなの間違ってる。でももう俺に止める術はない。挙げ句の果てには「シャーザーイッ!シャーザーイッ!」と手拍子が起こる始末。

「みんなやめっ」

蚊の鳴くような声が出かかった時、教室の後ろの扉がバンッ!と大きな音をたてて開いた。


 *空


 私は悔しかった。クラスメイトの晒し者にされ、お前は間違っていると言われた。「無くなったものを誰も一緒に探してくれなかった」と痛いところを突かれて、返す言葉もなかった。

 あのままぼろかすに言われた方がまだマシだったのに。なのにあいつは、「良いものを持ってるんだから誰かのために使え」って、優しい言葉をかけていなくなった。あいつだって私に悪口を言われたのに、こんな大勢の前で、友達の前で恥をかいたのに、なんでそんな言葉が出くるんだ。きっと彼は私と生きる次元が違うんだ。私はダメな子だ。

 そんな焦燥感しょうそうかんに浸っていると誰かが私に近づいて来るのがわかった。

「あ、あのっ」

声から察するに男子、私は涙ぐんだ目で反射的に睨みつけてしまった。あぁ、鶴島か。

「ごっ、ごめん」

鶴島は深々と頭を下げて言った。

 こいつ謝ってるの?私が悪いのにどうして?

「今更なんなわけ」

ついカッとなって、また反射的にキツイ言葉を発してしまう。

 これは鶴島に対しての怒りじゃない。自分自身に怒りを覚えた。でも処理の仕方がわからない。他人にあたること以外私は方法を知らない。情けない。そんな私の言葉を遮るように彼は頭を上げて続けた。

「体育館履きの事。それと、自転車のパンクも。俺がやったんだ。ごめん」

知ってる。両方とも私への仕返しだって、最初からわかってた。

「はぁ?謝って許される問題じゃないから」

あぁ、だめだ。もうクセになってる。反射的に暴言が出てくる。なんでこうなっちゃたの私。苦しい。

 すると、別の声が私に刃を向けてきた。

「なぁ、空音。お前最低だな。雅哉が素直に謝ってんだから許してやれよ。お前だって謝るべきじゃねーの?」

地鳥裕也の声だった。

 その通りだ。悪いのは私。今まで私がやったことは許されることじゃない。わかってる。謝るべきは私。悪いのは私。全部私のせい。私は今出せる力を全部使って言葉を絞り出そうとした。

「ごめっ」

ほとんど声になってなかったと思う。鶴島にさえ、隣の二人にだって聞こえてない。私が何か言ったのなんて知らない他のクラスメイト達は、地鳥を筆頭に次々と私に刃を向けてくる。

「最低だわ」「ありえねぇ」「消えろ」「死ねば」

「シャーザーイッ!シャーザーイッ!」

気づくとクラスは一丸となって私を攻撃していた。

 もうだめだ。私が何を言ったって誰も許してくれるわけがない。私は取り返しのつかない事をしてしまった。今更気付いても、もう遅い。もうやだ!やめて!わかったから、もうやめて!誰か、誰か助けて…

 その瞬間教室の後ろの扉がバンッ!と大きな音をたてて開いた。

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