体育館履きに隠れて④

 翌日、沙木空音は万部に来ることはなかった。


 週明け月曜日。昼休み俺たち部員三人は鶴島と沙木の教室、一年C組に来ていた。

それに気付いた鶴島と目が合う。俺は手のひらを向けて首を横に振った。そして近くにいた女子に声をかける。

「ねぇ、空音ちゃん呼んでくれるかな?」

するとその女子生徒は急にニヤニヤしだす。あぁ、完全に勘違いですよ。

 彼女たちが沙木を呼ぶ。沙木はそれを聞いて、いつものようにわざとらしく、「センパイなんですかー?」と言いながらこちらに寄ってくる。

「空音ちゃん、ちょっと話がある」

俺はわざと匂わせるような言い方で切り出した。

「なんですか〜?」

向こうもわざとらしくしらばっくれている。それなら好都合だ。

 俺は「あのさ」と続けた。


「君の事が好きだ、付き合って欲しい。」


その瞬間一年C組の空気が凍りついた。皆わかっているのだろう。この女に告白すると言う事が何を招くのか。チラッと鶴島の方を見ると、口をぽかんと開けて固まっている。良い阿保面だ。

「はぁ?何言ってんの、キッモ。ちょっと頼っただけで告白とか、舞い上がりすぎなんじゃない?」

あー、案の定こうなった。知ってた。逆に言うとこんなにも簡単に引っかかってくれるのか。わざわざ気持ち込める必要なかったかな?

「そーだよね。ウケる」

隣の女子。久慈谷くじや来海くるみが言った。

「ちょっと、センパイ、ジョーダンキツイってマジで」

反対側の女子。常葉ときわ正子しょうこもそれに便乗する。

 はぁ、大きなため息が出た。後ろからも二人分ぐらいのため息が聞こえた。

「やっぱりか…」

俺は低い声を作って大袈裟おおげさ項垂うなだれた。

「そうですよ、センパイわかってたならなんで告白したんですか?そんなに私が欲しかった。とか?うわ、マジむりだわー。無理無理」

沙木による全力の拒否。これやられるのわかってなかったら確かにしんどいな。

「そうじゃないよ。お前こそ何勘違いしてんだよ」

ここで俺の刃が彼女に刺さる。

「だいたい、お前みたいな悪女を誰が好きになるんだ?」

「は?何をっ」

俺はそれをさえぎるように続ける。

「お前、こうやって男をさげすむのが趣味なんだろ?お隣の二人が言ってたぞ」

「あんたら、何言ったの?」

沙木が2人を攻撃的な目で睨む。

「いや、ウチらは何も」

そこで久慈谷と常葉は気付いたのだろう。清佳と遥香がこの場にいることに。実は昨日、部活帰りの二人をスイーツ食べ放題に誘ってもらったのだ。


 *


 おそこでおそらくこんな話をしたのだろう。

遥香:「私たちの知り合いにあなた達のクラスの沙木空音ちゃんの事を狙ってる子がいるんだけど」

久慈谷:「そうなんですね」

遥香:「でも、そいつ勉強はできるけど、眼鏡めがねかけてて全っ然冴えないの!」

常葉:「へぇ、面白いですね?告らせましょうよ」

清佳:「えー、でも振られるのわかってて告らせるのはかわいそうじゃない?」

久慈谷:「何言ってるんですか。そこが面白いんじゃないですか」

遥香:「でもそんな簡単に告るかな?」

清佳:「だよね、私もあいつが告ってるとこ想像できない」

常葉:「なんか、あたって砕けろー!とか適当な事言っときゃ良いんですよ。しつこく言えば、観念して告りますって」

 え?何この会話。サイテー。


 *


 嘘は言っていない。俺は二人の知り合いだし。今回のターゲットは沙木空音だ。俺は眼鏡をかけていて冴えないって。ちょっと気分が悪くなりそうだ。嘘は言ってない。

「そんな風に誰かを馬鹿にして生きてきたから、無くなった体育館履きを誰も一緒に探してくれないんだろ?帰りも一人だったみたいだしな」

「そんなの関係ないじゃん」

「本当の事だから悔しいのか?悔しかったら見返してみろ。人の心を動かす術を知ってるなら、もっと良いことに使え。こんな下らないことに使うな。勿体ない。お前は他の人が持ってないものを持ってるんだからそれを誰かのために使え。誰かをけなすんじゃなく、助けるために」

 彼女の目に涙が浮かんだ。

「じゃぁな」

俺はそう言い放ってその場を去った。清佳と遥香も俺の後に続いて歩き出した。

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