そしてゆっくりと歩きだす⑩

 次の日の昼休み、予定通り放送があった。俺は依頼主の沙木さぎ空音そらねの下駄箱がある中央棟一階の北側、1、2年生昇降口で待機していた。

 昼休みが始まってから五分後、体育館の方から血相けっそうを変えた一人の男子生徒が現れた。彼はもうダッシュで下駄箱に飛びつく。

 もちろんそれは彼のものではない。そこは今回の依頼主のものだった。

 このタイミングであの形相ぎょうそう。思ったより早かったな。俺は確信して彼に声をかける。

「そこの君」

彼はキョロキョロする。ビンゴである。

「そう、君」

俺はあってるよという皮肉優しさを込めてそう言った。

 実は彼、ちょうどこの間に話をしたのだ。沙木の自転車の修理をした時、なんか物陰からすっごい視線を感じた。それが彼だ。

 俺は不審に思い「ストーカーか?」と問うた。

 彼自体は否定していたが、行動がもうそれだったから説得力は欠片かけらもなかった。

「そこは君の下駄箱じゃないよね?」

男子の下駄箱は女子とは背中合わせになっている。

「い、いやこれは、沙木に頼まれて!」

そこで固まった。

 必死に言い訳を絞り出そうとするがそれ以上は出てこないようだ。真っ直ぐ見つめる俺を他所よそに、目が泳いでいる。呆れながらも俺は端っこで同じく待機していた人物に手招きをする。

「って言ってるけど?どうなんだ?沙木」

「私、頼んでないですよー、て言うか鶴島つるしまだったんだ」

鶴島と呼ばれた彼の顔が青ざめていく。

「あっ」

何か声が漏れそうになって押しとどまる。本人を目の前にして焦りが頂点に達している様子だ。

「なんか言うことあるんじゃないのか?」

このまま攻め続けるのも可哀想なので俺は助け舟を出した。

「あっ、その。沙木…」

長い間が流れる。緊迫きんぱくした空気。この時間が長くなればなるほど、彼の印象が悪くなっていく。謝っても許してもらえる確率が下がっていく。

 俺がしびれを切らして口を開こうとした時

「まぁ、いいけどね。もう見つかってるし」

全てを諦めた冷たい声が昇降口にぽつんと漏れる。

 と、次の瞬間

「ありがとうございます!センパイ!」

沙木があざと可愛く決めた。

「あと、よろしくで〜す」

そして沙木はその場を去った。

 俺はあっさりといなくなった沙木に違和感を覚えながら、今回のの犯人に話しかけた。

「なぁ、なんでこんなこと?」

「あんたには関係ない」

うつむいてこぶしを強く握り締める彼。

「ちっ」

舌打ちをして歯を食いしばったまま踵を返す。彼は俺から逃げるようにいなくなった。

 後悔はしているようだった。だが…

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