そしてゆっくりと歩きだす⑧

 はあああああああああああああああああ。大きなため息を吐いた。まだあいつらの笑い声が聞こえてくる。引退した後もああやって一緒に騒いでる姿を見ると本当に仲良いなと頬がゆるむ。だから別に少しぐらいいじられたって平気だ。仲良し男子に良くあるじゃれ合いみたいなものだ。

 でも清佳のことに関してはひどく心に刺さった。ああやってネタにするのも俺を気遣って早く忘れろよって元気付けてくれてるんだと知っている。

 でも、どうしても忘れられなかった。俺の心に強く焼きついたあの太陽みたいな笑顔は、もう隣にいない。いくら同じ部で毎日会っていたとしても。俺のために輝く笑顔はそこにはない。

 高校2年の秋。俺は清佳と別れた。一年の6月から一年半付き合っていたが、お互い進路を考え出した2年の秋。文化祭が終わって数週間後。高校の大きなイベントが全て思い出になった頃だった。

 俺は練習終わり清佳にちょっと大事な話があると改まって呼び出されて。そして振られた。

 11月21日だった。

 “6月22日”から付き合い始めた俺たちにとってはあと1日でちょうど一年と5ヶ月となるはずだったあの日。

 最後の校外学習の工場見学を控えたあの日。

 週末にバスケの秋の選手権大会を控えていたあの日。

 俺は人生で初めて心から大切だと思った恋人ひとにあっけなく、なすすべなく振られた。あの時の記憶は今でも鮮明せんめいに覚えている。

 清佳の覚悟した表情。胸が締め付けられるほど冷たかった風。

 不思議と涙は出なかった。その程度の気持ちだったのかと錯覚するほどに。

 ポカーンと心と頭が真っ白になって、ロボットの様に家に帰って、いつものようにご飯を食べて風呂に入って寝た。ただ、寝る前の清佳とのLINEが無かった。ただそれだけだった。

 今となってはなんであの時もっと必死で止めなかったのかとか。かっこ悪くしがみつかなかったのかとか。後悔してもし切れない。

 もっと2人でやりたいことがいっぱいあったのに。今更そんなことを思ってもしょうがないことはわかってるけど。どうしても、彼女の誰かに向けられた笑顔を見る度に思ってしまう。

 あぁ、どうして俺じゃないんだろう。もう俺のものじゃないんだなって。


 気づくと俺は体育館裏に来ていた。ここは俺が振られた場所だ。
 

 ふと今日の目的を思い出した俺は、目をつぶって深く、深く深呼吸をする。そして目を開けて小さくよしと呟いた。俺の気持ちを切り替える時のルーティーン。試合中によくやっていた。

 がさごそと鬱陶うっとおしい草をかき分けながら体育館履きを探していると、緑色のナイロン生地の袋が目に入った。緑は今年の一年生の学年カラー。ちなみに俺たちは赤。二年が青。そこにあった緑色は植物とは違う無機質な緑色。

 俺はそれを見て確信した。

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