そしてゆっくりと歩き出す⑥

 中央棟の端まで来た時点で特に物をかくせそうな場所はなかった。なので階段を登って3階に上がる。中央棟3階は化学室と物理室がある。理科好きにはたまらないエリアだ。ちなみに恐竜の骨格こっかくレプリカが天井てんじょうからぶら下がってたり、壁に天気図と周期表しゅうきひょう、昆虫や石の標本などが飾られている。ここは歩くだけでテンションが上がる。機械棟、建築棟も生徒の作品が展示されてそれなりにテンションが上がるが、俺はこっちの方が好き。スピノサウルス好きぃ。スキノサウルスゥ〜。

 俺は物理室と化学室の間に位置する理科準備室の戸をガラッと開けた。そこには白衣はくいを着た高身長の女性が1人。キャスター付きのガタついた椅子に座った彼女は、と難しい顔をして学術雑誌を読んでいた。

 戸が前振りもなく開けられたことに気づくと高めの位置で結ばれた短いポニーテールをサッと揺らして、彼女がこちらを見た。

 「おぉ、色井か。なんのようだ?」

うちのクラスの理科担当、通称さっちゃんこと試田しだ彩月さつき先生はニコッと微笑んだ。荒っぽい言葉遣いに高身長白衣というなんとも出来る女っぽいさっちゃん先生だが、笑顔は純度100%の乙女のそれでギャップが癖になる男子生徒は少なくないだろう。俺もその一人なのである。

「さっちゃん。1年の女子生徒の体育館履きが無くなったんだけど、どこか隠せそうな場所この理科室にあります?」

「んー。わからんな。そもそも授業以外の時間は施錠せじょうしてあるし、この部屋になんの躊躇ためらいもなく入ってくるのは君ぐらいなもんだ。私ならトイレに隠すけどね。それより色井聞いてくれ。またアメリカで化石が発掘されたらしい。今度のはすごいぞ!二足歩行の草食恐竜だそうだ。羽毛があったとか無かったとか、これは新種だ!」

前半真面目に答えてくれてたのに、いつもの悪いくせが出た。恐竜好きなさっちゃんは俺が恐竜好きだと知ってからこうやって俺が遊びに来るとすぐに恐竜の話をしだす。ちなみに今のはデイノケイルスですね。夏になったらメッセにやってくる。今年も見に行く予定です。

「ごめん、さっちゃん。その話今日はパスで。早いとこ見つけないといけないんで、トイレ探してみますね。ありがとうございました」

そう言って俺はあわてて理科準備室を飛び出した。

 さっちゃんはそうかと寂しそうな顔をしていたが、あの人好きなもの語り出すと止まらなくなるからな。普通に2時間はくだらない。ひまな時なら良いが今はそんなことしてたらさすがに清佳と遥香にしかられるので逃げてきた。今度またゆっくり、さっちゃんの話を聞こう。

 そうして俺は1、2年棟へ向かった。1、2年棟は4階建てなので、4階から順にまずはトイレ、そして流し台の下、掃除用具入れなどありそうな場所は全てチェックしたが見つからなかった。二度手間にならないように、校舎全体を遠回りするように歩いて下の階に移動していった。

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