そしてゆっくりと歩き出す⑤

 1-cは普通科のクラスなので基本的にかかわりのある校舎、つまりは1、2年棟と中央棟を重点的じゅうてんてきに探す。

 正門から見たときに両脇の奥側に位置する機械棟きかいとう建築棟けんちくとうは普通科の生徒が入りにくい空気があるから可能性は低そうだ。そのうえ1年の1学期はまだ高校という空気感にれてないはずだし。

 と勝手に推理すいりしながら中央棟2回の廊下を歩いていた。

 この通りは職員室と生徒指導室があり、物静かだ。生徒指導の岩崎いわさき先生が生徒指導室にいるからあまりさわぐと出てきて怒鳴られる。そもそも通りたくないと思う生徒が多く、人気もない。

 そんな静かな雰囲気によく似合った人物が向こう側から歩いてくるのがわかった。我が校一の人気をほこ高嶺たかねの花。クールビューティの代名詞とも言えるその容姿は見るものを圧倒する。腰まである長い黒いさらっさらの髪の毛の先をゆらゆらと踊らせながら、モデルのような歩き方で迫ってくる。俺も思わず見惚みとれるほどの美しさ。

 彼女の名は雪女。美しい切れ長の目で人々を凍りつかせる。現に俺も凍りついていた。

「ねぇ、色井?今雪女って思ったでしょ」

背筋の凍るような冷たい声音が俺の鼓膜を刺激する。

「いや、思ってないよ」

彼女に声をかけられて、慌てて否定した。なんだエスパーか?『ジャスミンはエスパーである物体に触れることでその記憶を読むことができるのだ』こいつはジャスミンじゃねーし、触れてもねぇよ。脳内で再生された声を振り払う。

 ふーんと妖艶ようえんな笑みを浮かべる彼女。

「美波由依は雪女だってうわさが広まってるのだけれど?誰の仕業しわざかしら」

「俺じゃねーよ。そもそも雪女って最初に言い出したのは秋斗だろ」

「そう、じゃぁ雪女って思ったことは認めるのね」

それは違うだろと心の中で突っ込んで、口には出さなかった。言ってしまうと言い返されて面倒くさいことになるからここらで止めておく。

「それより体育館履き見なかったか?」

俺はバスケの試合中並みの切り替えの速さで話題を変えた。必殺!不自然な流れ!が決まったぜ。バスケはそれくらい緩急かんきゅうの激しいスポーツなのだ。

 案の定美波は、は?なにこいつ動物?みたいな顔をしている。人は動物だから間違ってはいないけど。

「なぜ急に体育館履きなのかしら?かわいそうにクラスメイトに捨てられたりでもしたの?それとも燃やされた?」

「燃やすってどんな野蛮やばんな奴らだよ。そんなことされたら学校やめるね。それかそいつらを持ち物ごと全部燃やす。それより見てないか?」

美波の雑な挑発を上手いこと受け流して、もう一度質問をした。

「見つからないなら諦めることね。一応私も見かけたら連絡はしてあげようとは思うけど」

「わかったよ。知らないなら最初からそう言え。別にもとから期待してないし。一応訊いただけだ」

 すると美波は上から目線で俺を目一杯哀めいっぱいあわれんでから、そうと小さく頷いて去っていった。なんだったんだ。俺に罵声ばせいを浴びせるのがそんなに楽しいのかあいつは。美しい容姿とは裏腹に性格が黒すぎる。俺はため息を吐いて歩き出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る