そしてゆっくりと歩き出す④

 清佳は目的地にくやいなやフェンスぎわで玉拾いをする生徒に声をかけた。

「あ、泰斗たいとくん」

下の名前を口にした清佳に俺は心の奥底がもやっとした。

 普段彼女が親しい相手を下の名前で呼ぶのは承知しょうちしてるが、その相手は同時に俺と親しい相手であることが大体だいたいだ。今回は俺が知らない相手だったから、余計よけいにもやっとした。

 もう終わったのに、俺はいつまでこんな気持ちを引きずるのだろう。いっそのこと俺にモヤットボールを投げて目を覚まさせて欲しい。この世の全てのテニスボールがモヤットボールになれば良いのに。

 俺が一人で落ち込んでる間に話は進み、気づけば泰斗くんなる男子生徒はモヤットボール拾いを再開している。わりに目の前には派手派手はではでしい女子生徒が二人、かったるそうに並んでいた。あ、俺知ってるぞこの二人。あれだ、さっき流和るわが言ってた、確か名前は…えーと。

「こんにちは、私は心未清佳です。ちょっと聞きたい事があって、二人が来海くるみちゃんと正子しょうこちゃん?」

俺が思い出す前に清佳が答えを言ってしまった。でも俺が聞いたのは苗字だったので正確には答えではない。頑固ですみません。

 俺は気になったので一応確認してみた。

「俺は色井拓偉、隣のは伊頼遥香な。一応確認なんだが、常葉来海ときわくるみ久慈谷正子くじやしょうこで合ってるか?」

「いや違いますけど。うちは久慈谷来海くじやくるみでこっちが常葉正子ときわしょうこ

しかめっ面で訂正ていせいされた。とても嫌そうな顔をしている。なに童貞?みたいな目で俺の心をザクッとつらぬいた。

 ちなみに今のは向かって左の子。ということは左の金髪ストレートが久慈谷来海。まつ毛が長くて綺麗きれいな目をしていて可愛い。さらにほどよい大きさの胸がスポーツウェアで強調されて目のやり場に困る。

 で、右のショートカットの黒髪が常葉正子。この子は反対に鋭い目つきでクールな印象。胸は控えめだがセクシーなボディラインでこれまた目のやり場に困る。

 高一でこれって反則じゃない?ギルティ!ギルティ!まぁ、清佳と遥香の魅力みりょくには負けるから許してやろう。そこでまたちょっと胸が痛くなった。

「ごめんごめん。こっちが久慈谷さんでこっちが常葉さんね。オーケーわかった」

俺が丁寧に確認して、二人が「で?なんか用?」という顔をしたところで、あのねと清佳が柔らかく切り出した。

「同じクラスの沙木空音ちゃんの体育館シューズが無くなったのは知ってる?」

2人は知ってますけどと頷く。

「それでその件について、何か知ってることがあったら教えて欲しいんだけど」

清佳は丁寧ていねいにそういた。

 しかし彼女達は首を横に振った。

「うちら空音と仲良いけど。そこまではわからないんですけど」

と久慈谷が言ったのにに続くようにして常葉が口を開く。

「もしかして私達のことうたがってます?どーせ空音に振られた男子が仕返しにやったんでしょ。少なくとも私たちじゃありませんよ」

言い終えると2人とも不満そうな目で清佳をにらむ。その目線に含むものがあったのか、清佳は「そっか」と小さく呟いた。そして笑顔を作ってお礼を言った。

「うん、ありがと!」

 清佳の悪いところが出たな。相手に嫌な思いをさせまいと、自分ができる限り我慢する。我慢できてしまう。長所でもあるのだけれど、致命的ちめいてきな欠点でもある。気付かぬうちに彼女を傷つけているなんてことはざらにあるのだ。俺も遥香も経験がある。それで相当揉めた後、俺と遥香には言ってくれるようになったけど、やっぱり俺達意外だと我慢するんだよな。

 だから久慈谷と常葉にイラッとしたのと、また我慢させてしまったことに胸が痛くなった。

 2人はそれじゃぁと言って練習に戻った。笑顔でテニスをしているのを見るに、悪い子達ではなさそうだ。ちょっと感情が強いだけで。

「なにあの子達。なんか嫌い」

遥香が眉間みけんにしわを寄せ、わかりやすく苛立いらだっていた。

「何あれ。態度悪すぎ。途中ため口利いてたし」

「私も思ったけど、あんまり大きい声で言うな?聞こえるぞ?」

容赦ようしゃない遥香の言いようを清佳がおさえ込むように口を挟んだ。俺も遥香の怒りを少しでもやわらげるために「まぁな」と同意を示しておいた。

 正直俺も遥香に同感だだった。めてるとしか思えない態度だ。俺が名前を間違えたのも悪かったとは思うが、自分の名前ぐらい自分から名乗って欲しかった。後々苦労するのは彼女達だからとりあえずほおっておこう。

 なんか雰囲気が悪くなって俺も居心地いごこちが悪くなったので、それじゃぁと次の提案をする。

なげいててもしょうがないから他を当たることにするか」

そう言って俺はしれっと2人から離れていく。逃げるが勝ちだ。2人も察して俺とは別の方に歩いて行く。

「なんかあったら連絡するんだよー」

「わかったよ」

清佳の元気一杯のおかんみたいな声が聞こえたので、背中を向けたまま、手を挙げて応えた。

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