そしてゆっくりと歩き出す②

俺たちは体育館履たいいくかんばき探しを始めた。流れで男女で手分けして探すことになった。つまり俺は1人、ぼっちである。どうも一里ひとりぼっちです。いや、あの子はクラス全員と友達になって、めでたく親友との絶好は解消された。三年の冬休み前に転校生が来るとかいうハプニングがなくて本当に良かったと思う。

「あいつを好きな君の横顔が、たまらなく綺麗きれいだったから」

 ふと思いついたかっこいい台詞を誰にもこえないぐらいの小声でつぶやきつつ、1人になった俺は、まず手っ取り早いバスケ部へと向かった。

 体育館の鉄の扉を開けて中に入る。ふむ、今日は2分の1の日か。

 我らが葛南かつなん高校には体育館を使う部が3つある。バスケ部、バレー部、バドミントン部だ。その3部が体育館の2分の1と4分の1、休みをローテーションしている。そして今日はバスケ部が2分の1の日。

「えつたー」

 俺はコートのわきをテクテクと歩きながら部員の名前を呼ぶ。体育館の床って何も履かないで歩くと、ドーンドーンって音が鳴るのに、何か履くと音しなくなるよね。体育館七不思議の一つである。

 そして今俺が呼んだのは越田成徹てつたなりてつ。余計な筋肉がなく、すらっとした171cm。整った顔立ち。ポジションはスモールフォワード。雑にわかりやすく例えるとス○ムダ○クの流川楓。は?なわけあるか。あんな高校生が現実にいてたまるか。

 彼は少し長めの前髪をかきげながら、俺のことを見下ろす。何その仕草かっこいい。きゅんです!なんてな。俺は男だから何も感じないけど、女だったらときめいたかもしれない。

「あー、拓偉たくい先輩。なんすかー?」

茶目っ気のあるゆるめのテノールボイスが返ってきた。 

「この部に1-cの奴っていたっけ?」

「どうでしたかね。確か…」

かき揚げた左手をそのまま頭の上に乗せてキョロキョロと誰かを探す。

「あ!流和るわ。お前確か1-cだったよな。ちょっといい?」

相変わらず左手はそのままに、右手でちょいちょいっと手招きをする。

 流和久々琉るわくぐる。こいつ1-cだったのか。確かに試合中カールカットしかしない。ちっこいが、ちょこまかとコートをき回してくれる期待のルーキー。次期フォワード候補だ。沖縄の水族館の臨時館長みたいな名前をしているが、千葉生まれ千葉育ちの千葉っ子だ。おそらく将来はテ○ンガーラの営業部だろう。

「あ!毛部長けぶちょう。お久しぶりっす!」

 流和は俺の顔を見るなり悪口じみた変なあだ名を言いながら嬉しそうにってくる。ちなみに”毛部長“とは、バスケ部一年につけられた俺のあだ名だ。俺のすね毛を見た流和が『拓偉先輩毛深いですね。毛深い部長、毛部長だ!』と言って見事に広まった。こいつが名付けの親だったのか。先輩の顔を見て笑顔になるのはけっこうだが、その理由がどうかと思う。流和くん、だよ。あと久しぶりってほどじゃない。

「おう、悪いな流和。お前のクラスの沙木空音さぎそらねのことなんだが」

俺がそこまで言うと、流和は眉間みけんにしわを寄せた。それに違和感を覚えつつも俺は続ける。

「体育館履きが無くなったらしい。なんか知ってたりしないか?」

流和は少し考え込むように腕を組むと、あっさりとこう言った。

「知らないっすね」

「そうか。知ってそうな奴とかわかるか?」

「んー、常葉ときわ久慈谷くじやですかね。あいつらいつも連んでるし」

「んじゃ、その2人をあたってみるか。何部?」

「2人ともテニス部です」

「ありがとう。引き続き練習頑張って」

俺は後輩にエールを残し、体育館を去った。

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