第3クォーター

そしてゆっくりと歩き出す①

 次の日。再び沙木空音さぎそらねがやってきた。
 昨日自転車のパンク修理を依頼しにきた彼女。今度は、探し物をして欲しいとのだった。

「あの、昨日も言ったんですけど。私の体育館履たいいくかんばきを探して欲しいんです」

沙木は弱々しく言う。俺は座るようにうながした。

「カフェラテで良い?」

清佳きよかが優しくたずねる。はいと言ってし出された紙のカップを受け取った沙木は深刻しんこくそうに話し始めた。

「実は昨日、体育館の授業があって。バスケだったんですけど体育館履きが無くて見学したんです。それがまだ見つかってなくって、友達に一緒に探して欲しいってたのんだら部活があるからってことわられて。それで万部よろずぶに頼みに来ました」

まず最初に、薄情はくじょうな友達だと思った。じょうがない!柴原しばはら口癖くちぐせである。にしてもこんな馴染なじみやすい可愛い子のお願いを部活を理由に断るとはちょっと考えづらい。俺だったら断らない。できる限りは協力する。

 してや昨日、俺が買い出しに行ってる時間で清佳、遥香はるかと仲良くなってたみたいだし、そんなに嫌われるタイプだとも思えなかった。何はともあれ

「うん。わかった。俺たちが探すの手伝うよ」

「ほんとですか!?ありがとうございまーす」

と両手を合わせて、特徴的とくちょうてきな間延びした口調で言いつつ、パァっと明るく笑う。ちょっとカワイイかも。

 俺がデレデレしていると、冷たい2つの視線に俺をおそわれた。ひっ!ごめんなさい。

「それじゃあ、よろしくでーす。私はこの後用事があるので帰りますね」

沙木は可愛かわいらしくしたを出して敬礼けいれいの手をして、そそくさと駐輪場ちゅうりんじょうの方へ向かった。

 清佳と遥香も思うところがあったのか、表情をゆがめている。

「えーっとどうしようか」

と清佳が言う。

「うーん。どうしようかね」

俺がそう言うと、少しの間沈黙あいだちんもくした。


 あれこれ考えていてもしょうがないので、まず俺たちは生徒会室に足を運んだ。

「がしま会長」

俺はノック無用むよう容赦ようしゃなくとびらを開け、一歩だけ部屋にみ入れてそう言った。

 部屋の中には3人の生徒が真ん中の机を囲うように座っている。万部の机が短いバージョンだ。右から下貝塚快しもかいずかかい関ヶ島責我せきがしませきが稲荷木登花とうかぎとうかである。

 3人はあれは誰だ?って顔をしてから1秒後には仕事に戻った。悪いが俺はデビルマンじゃない。カッターで岩を砕けないし、ウィングで空も飛べない。

 快はなんだいつも邪魔じゃまな先輩かとため息をつき、登花はなんだいつもの童貞な先輩かと呆れた顔をしている。2人とも顔に出てるぞ。俺は邪魔者だし童貞だから間違っちゃいないけど、もうちょっと先輩に気を遣うことを覚えた方がいい。注意しておこう。教育的指導だ。

「おい、そこの2年2人。俺が嫌なのが顔に出てるぞ」

「だってパイセン邪魔しかしないじゃないっすか」

「そうですね童貞ですし」

おいこら、本当に思ってんじゃねぇよ。あとはっきり言うなよ。遥香が後ろで爆笑しているだろうが。あぁ、もう帰りたい。

 気まずいなと思っていたら俺に救いの手がべる者がいた。

「2人とも、あんまり先輩をからかうのは良くないよ。間違ってはいないけどね」

と思ったがやっぱり違った。本当に帰りたい。

「で、なんの用だいカラフル」

関ヶ島責我もとい、がしま会長は手を止めて、仕切り直すように俺を見た。

「その呼び方やめろよ。なんかむずがゆい」

あとなんか全力全開ゼンリョクゼンカイ駄菓子だがし売ってそう。

「なら君も“がしま会長”って呼び方をあらためて欲しいね」

えー、いいと思うけどな“がしま会長”。

「皆のように“セッキー会長”と呼んでくれたまえ」

なんだセッキーってセンスの欠けらもないな。みんなよくそんな風に呼べるよな。恥ずかしくないのかよ。

 だけど、“が○ま”だとか“○ッキー”だとかあだ名で呼ばれるなんて全校生徒にほうし仕してるだけある。

 ちなみに机の中央には彼の好物である宿が常備されている。俺がその中からさりげなく3袋もらって横にいた遥香にわたすとがしま会長ににらまれた。いいだろこれくらい。どんだけ好きなんだよ。それでも俺はひるまずに話を切り出した。

「うちに来た依頼関係で頼みがあるんだよ」

俺はがしま会長改め、セッキー会長のくだらないあだ名指定を無視して本題に入る。セッキー会長やっぱダサいな。よし、がしま会長にしよ。

「依頼?」

彼はいぶかしげな表情をする。

 が、無理もない。俺たちの活動が広く浸透しんとうしてないのが悪い。本格的に再始動したのはつい先日の事だ、その前の活動日は去年の卒業式の前日。3ヶ月ぐらい間が空いている。しかもその期間中に代替わりしているのだから仕方がない。

「万部だよ。生徒会なんだから活動再開のこと知ってんだろ」

「あぁ、あの部だね。わかったよ」

「それそれ。と言うことで早速だが」

俺はぴんと人差し指を立てて、となえるように続けた。

 「1年c組の沙木空音の体育館履きが無くなりました。見つけた人は生徒会室に届けて下さい」

そして立てた指をうでごとおろす。

「とまぁ、こんな感じで校内放送を頼む。時間は明日の昼休みな」

俺は言い終えて、がしま会長を真っ直ぐ見据みすえた。

 がしま会長はんーと悩むように首をひねってから、オーケーと快諾かいだくしてくれた。

「さんきゅ。んじゃ頼むわ」

 そうして俺はきびすを返し、生徒会室をあとにした。振り返るとハムスターのようにカリカリと煎餅せんべいをかじる女の子が2人。とても可愛いが、よく見てみると、空の袋が2つある。そして遥香の方は袋に入った煎餅を1枚。清佳は素手で1枚。それぞれ1枚ずつを美味しそうに食べている。あれ?おかしいな。遥香に渡したのは3袋。彼女たちの手にそれぞれ空の袋が1袋ずつ。遥香はもう1つ袋を持っている。

 3袋ともふうが切られている。

「俺のまで食ってんじゃねぇ!」

俺は怒鳴どなった。生徒会室からため息が聞こえた気がした。清佳と遥香は悪びれる様子もなくニコニコと美味しそうに雪の宿を堪能かんのうしている。

「はぁ」

思わず肩を落とす。まったくお前らは。

 俺の分が無いのは悲しいが、2人が幸せなら別にいいか。呆れを通り越して尊くなってしまった。重症である。

「まぁ、いいや。体育館履き探すぞ」

俺は切り替えて次の指示を2人に出した。


 

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