その放課後は今までと少し違って⑤

 その日の夜。夕飯もお風呂もませて自分の部屋に戻った俺は布団ふとんいてそこに寝転ねころがる。俺の四畳半よじょうはんの部屋は、勉強机とタンスを置くと意外とくなって、そこに布団を敷いてしまうと活動スペースがほとんどなくなる。なので寝るとき以外は、布団をたたんでいる。あと趣味しゅみのプラモとラノベが積んであるとかは言わないでおこう。積みプラと積読、夢の共演である。

 一息ついたところで琴羽姉ことはねえ諸々もろもろのお礼メッセージを入れた。送信されたことを確認してスマホを枕元まくらもとに置く。

 しばらくぼーっと天井てんじょうながめていると、耳元でさわがしくスマホが鳴りひびく。俺はスマホを手に取って画面を見た。そこにはバスケットボールに猫耳の生えたカワイイのアイコンの下に「琴羽姉」と表示されている。

「まじかよ」

まさかかかってくるとは思わなかった電話に思わず声がれた。喜びか戸惑とまどいか、はたまた別の何かわからない感情が俺の中をめぐり、俺は無表情で画面をタップする。

『あ、出た』

受話器じゅわきの向こうで琴羽姉が喜ぶ。ふふと笑って琴羽姉は悪戯いたずらに成功した子供のように言った。

『ねぇ、驚いた?』

「そりゃ驚いたよ。急に電話って」

『そっち!?』

「え?」

なにそれ以外になんかあったっけ。俺が間抜まぬけな顔で固まっていると

『いやーそれもだけど。ほら、万部のこと!』

ビシッと俺を指さして言った。鬼ただだ!いや、実際にはさしてない。ただそうしてるだろうなと思った。

「今俺のこと指さした?」

『おー。なんでわかった?』

「琴羽姉ならやってそうだなって思って。」

琴羽姉が驚いている。きっと目をまん丸にしてるだろう。

「んで、なんで電話?」

俺は出る前から気になってたことを聞いてみた。

 あぁそれねと琴羽姉は落ち着いて答える。

『君の声が聞きたかったからだよ後輩君』

ほう、なかなか興味深きょうみぶかい答えじゃないか。

「なんかあった?頭ぶつけた?」

俺はくさくて茶化ちゃかす様に言う。少し声が上擦うわずったと思う。でも琴羽姉は真剣な声色こわいろ

たんにね。さびしくなったって言うかなんと言いますか』

「なんだよそれ」

馬鹿にするように俺が笑うと、とにかくと琴羽姉が続ける。

『君が生きてることを確かめたかったの』

色んな意味で捉えられる台詞せりふを優しく口にした。琴の音のような声が俺の心に響く。色々勘違いろいろかんちがいいしそうだったのでどういう事なのか考えるのはやめておいた。

めずらしいな。琴羽姉がそんな冗談じょうだん言うなんて」

普段ははぐらかしてはっきりとしたこと言わないのに。

『いや別に、冗談とかじゃなくて。新たな道をひらいて、えらくなった君の声が聞きたかっただけ!』

これ以上問いじょうとめるなと言わんばかりに、「メ!」と言葉尻ことばじりを強くする琴羽姉。

「俺はそんなに偉くないよ。ただ、ことみたいに綺麗きれいな声だけを残して、羽を広げてビュンビュン先に行っちゃう先輩に追いつきたかっただけだから」

俺は謙遜けんそんしながら、琴羽姉をめる。本当に強くてカッコいい女の先輩を。

『言い過ぎだよ、後輩くん?あんまり褒めちぎるといざという時響かないぞー』

「本音ですよ」

『あ・り・が・と』

最後にハートが付いてそうな言い方で琴の羽が俺の耳をくすぐる。背中にゾクゾクっとする感覚が流れ、少々息が乱れた。

「うん、本当に、尊敬してる。俺の方こそあ」

『ダー。もうそれ以上聞きたくありませーん』

マジな話はやめようと俺の言葉をさえぎった。自分だけ好き放題言ってずるい。

「わかった。もうおしまい。でも最後に一つだけ。」

んと頷いて、受話器の向こうの琴羽姉は俺の言葉を待つようにまり込んでいる。よしチャーンス!


「やっぱり最高の先輩だよ。生まれて来てくれてありがと」


『もー!そういうのやめろって言ってるでしょ!』

テレレン。

 プツッと音が途切とぎれた。大きな怒声どせいの直後の沈黙ちんもく。俺も少し調子に乗って言いすぎたなと反省しながら反省しないで「ごめん、ありがとう」ともう一度メッセージを送った。

 それっきり返ってこなくて、気づいたら俺は寝ていた。

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