第13話、封印のエピローグ

 『 菊地君、

  この度、君には、多大なる迷惑を掛けてしまった。

  君の、心の古傷に塩を塗り込むような思いをさせてしまった事については、

  大変に、申しわけなく思う。 許してくれたまえ。

  研究の為、学術的実験の為とはいえ、人道的・倫理的にも、私のした事は

  罪となろう。


  実は、32年前、私は交通事故で、妻と4歳になる娘を亡くした。

  娘の名は、『 愛 』だ。

  クローン制作に成功し、娘の名を付けた実験体が成長するにつれ、私は、この

  実験体に、実の娘の面影を重ねるようになっていった。

  だからこそ、尚更、研究を続けた。 愛を失いたくなかったのだ。

  しかし、結末は周知の通りだ。 君にも、迷惑を掛けてしまったし、大切な前途

  ある優秀なスタッフを、多数、死なせてしまった。


  責任は、全て私にある。

  病院関係者に迷惑を掛けない為にも、願わくば、この件を内密にして頂き、

  君自身の記憶として、永遠なる封印にて、心に納めて頂きたい。

  身勝手なお願い、重ね重ね、お願い申し上げる。


  最後に、貴殿のますますの発展を、心から祈願する。


                       田所 利通        』



 田所が、伊豆海岸の崖から海へ車ごと転落し、事故死した翌日、菊地の手元に、こんな内容の手紙が届いた。 死をもって、責任を償った形の田所であった。

 しかし、それで罪を許される訳ではない。 田所も、全ての免責が叶うとは、考えていなかったと思われる。

 …だが、彼は、そうした。

 そうでもしなければ、自身に納得がいかなかったのだろう。


 故人を責めるのは、邪道だ。 また、責任を押し付けるのも無益である。

 全てを知る菊地は、田所の意志を受け入れる事にした。


 死亡した愛の体は、田所の手により、その日の夜のうちに、焼却処分されている。

 もう、クローン研究における証拠は、一切、残っていない。 事件を知り得る関係者も、菊地以外、1人も生きていないのだ。


「 また俺1人、残ったか…… 」

 編集室のデスクで、田所からの手紙を読んだ菊地は、呟いた。

 田所の事故死は、昨日のニュースで知っていた。 事故ではなく、自殺である事も、菊地には分かっていた。

 菊地は、田所の手紙を、傍らにあったシュレッダーに掛ける。

( 今度こそ、本当に封印だな。 まさか、この俺が… 再び、封印の鍵になろうとはな…… )

 タバコに火をつけ、イスから立ち上がると、菊地は、窓から街を眺めた。


 いつもと変わらぬ夜景が、目に映る。


( 人は、限りある人生だからこそ、精一杯、生きるんだ。 不老不死など… 欲望を増幅させる以外の、何物でもない。 2度も、死を経験した友美ちゃんだって「 もっと生きたい 」なんて、一言も言わなかった。 もっとも、口に出さなかっただけかもしれないが……)

 ふうっと、煙を出す菊地。


 『 こんな力自体、存在してはいけないのです 』


 友美の言葉が、菊地の脳裏に蘇る。

( そう… 友美ちゃんには、分かっていたんだ。 大切なのは、限られた時間をどう生きるか、どれだけ努力したか… って事なんだ。 何でも出来る力なんて、人を怠惰にするだけだ……! )


 だが…… 友美は、満足だったのだろうか?


 決して、充実のうちに生涯を閉じた訳ではない。 普通の高校生として… あるいは、社会人となり、色んな経験をも重ねていきたかった事であろう。

 しかし、これが友美の運命だったのだ。


 運命という、限られた命の謳歌……


 俗欲を増幅させる『 恐るべき力 』の永遠なる封印の実行に、友美は、その全てを懸けた。 自らの命も犠牲にして……

( 自分に課せられた努力を、すべて全うしたしただけに… 友美ちゃんは2度も、あんなに潔く、しかも冷静に、死と向かい合う事が出来たのかもしれない…… )


「 デスク! 絵美ちゃんから連絡です。 横田議員が、例の料亭に入ったそうです! 公団職員と一緒に…! 」

 平田が、夜景を眺めていた菊地に言った。

 菊地は、窓の前から振り返ると受話器を持っていた平田を指差し、叫んだ。

「 死んでも取り逃がすなッ! 汚職議員の、息の根を止めてやれッ! 」

 菊地の言葉を受け、平田は、受話器を耳に当てて言った。

「 聞こえたろ? 絵美ちゃん。 ジャーナリスト魂を見せてくれ! …そんなモン、構わんっ、出て来たら撮りまくれ。 ビデオは、回しっ放しにしろよっ! 」

 電話を切った平田が、菊地に言った。

「 先回の養護施設口利き疑惑と、今回の公団で、ヤツは終りですね…! 息子の、不動産会社への不正支出も、地検特捜部の査察が入りましたし 」

 タバコを灰皿で揉み消しながら、菊地は言った。

「 世間知らずの二世議員と、ボンボン共め…… 社会的に葬ってやる! 国民の血税で、私腹を肥やしやがって…! 許せん! 」

「 これで、ウチの部数、また伸びますよ? 汚職議員のスッパ抜きは、オハコになりましたね。 …ま、デスクに睨まれたら、もう終りですよ。 あの、文友社の川原社長も、『 疑惑議員狩りの菊地 』って、対談特集で絶賛してましたからね 」

 菊地は、苦笑いをしながら答えた。

「 先週の、特別号の掲載記事の事か? ありゃ、俺宛への牽制だ。 川原社長は、政界とも関わりがあるしな。 …古狸め…! 同じ穴の狢だぜ。 ナメやがって、今に見てろ。 永田町を歩けなくしてやる……! 」

 平田が、首をすくめて言った。

「 怖い、怖い…! デスクは、権力者がトコトン、嫌いだからなあ 」

 菊地が言った。

「 世の中ってのはな、一般大衆のものだ。 政治家は、その大衆を代表して、大衆の為に働くのが責務なんだぞ? 職権を乱用して、ナニが政治家だよ。 しかも、行政ではなく、他の党派閥を潰す事に執着してやがる。 更に、その裏で、オレたちの税金が飛び交っているんだぜ? お前、アタマに来ないか? 」

 腕組みをし、イスに座る菊地に、平田は答えた。

「 そりゃ、アタマ来ますよ! だからこうして毎日、飛び回ってんじゃないですか。 ったく… 体が、2つ欲しいですよ 」

 平田は、自分の発言で思い出したように続けた。

「 そう言えば、デスク…… 話は、変わりますが、 三沢大学病院の田所先生… 死んじゃいましたね。 伊豆の事故で。 前に、取材で、一度だけ会った事がありましてね、私 」

「 ……田所先生にか? 」

 菊地が聞いた。

「 ええ。 その時に、先生から聞かれたんですよ。 『 自分と同じ体が、もう1つ欲しくないかね? 』って 」

 …それは、クローンの事を指しているのだろう。 菊地には、理解出来た。

「 ふ~ん…… それで、何と答えたんだ? 」

「 いらない、って答えておきました 」

「 今、欲しい、って言ってたじゃないか、お前 」

「 現実的に考えて下さいよ。 そんなん、出来っこないじゃないっスか。 SFじゃあるまいし……! もし、出来たとしても、同じ運命を歩む2人目は、いらないっスよ。 全く別の人生、送ってみたいっスね 」


 確かに、一理あるかもしれない。


「 …同じ運命… か 」

 菊地は呟いた。

 平田は、カバンを手に取りながら言った。

「 ま、どんな運命にしろ、限られた命ですからね。 日々、悔いなく生きてますよ、私は。 …じゃ、公盟党のパーティーの取材、行って来ます。 絵美ちゃんから連絡、来るかもしれないので、指示をお願いします 」

「 おう、しっかり取材して来い。 あまり党員と馴れ馴れしくするなよ? 狸や狐共の目が光ってるからな 」

 平田は、菊地に親指を立てると、ドアを開け、出掛けて行った。


 ひとつ、小さなため息を尽く、菊地。


( 運命か…… )

 菊地は再び、窓の外を見つめた。

「 その、運命の道程を… 俺は、どこまで歩んで来たのだろうか。 天国で、彼女に逢ったら、胸を張って言えるかな? 友美ちゃんの分も、しっかり生きて… こんな人生、送って来たぞ、って…! 」

 独り言を呟く、菊地。


 政界の癒着の糾弾、財界の不正究明、芸能界の薬物使用暴露……

 裏の裏を駆けずり回り、ハエの如く群がるマスコミ家業。


 あまり立派とは言えないかもしれないが、真実を追究し、事実を報道するジャーナリストの端くれ…… それなりの誇りと信念を持って、菊地は、毎日の職務をこなしている。

「 ピューリッツア賞は無理としても… 僕は、この道を極めてやるつもりだ。 自分なりに努力して、限りある人生を最大限に生き抜いて、ね……! これが、僕の人生だ。 政界の暴露話しだけが、仕事じゃない。 見ててくれよ、友美ちゃん……! 」


 窓越しに、遠くにじむ街のネオンを見つめる、菊地。

 何事も無かったかのように、見慣れた街の灯りは、煌いている……

 その灯りをじっと見つめる菊地の耳に、ある曲が甦って来た。

 最近、何かにつけて思い出す、あの曲だ。


 友美との想い出の曲、『 スマイル 』……

 菊地は、たどたどしく、旋律を小さく口ずさみ始めた。


 ……郊外へ向かう、大通りを走る車の、赤いストップランプの光列。

 明かりの点いた、ビルの窓越しに見える社内の様子。

 歩道を歩く人影… その人の生活… 人生……


 『 自分で、努力して得たものにのみ、価値は存在するのです 』


 以前、あのアパートのベッドの上にて、自身で血流を止め、旅立つ瞬間に言った友美の言葉を思い出した、菊地。

 階下に見えるネオンの輝きを見つめながら、静かに呟いた。

「 友美ちゃん…… 僕は、君が好きだった……! 」


 最後に微笑んだ、友美の優しい笑顔が、菊地の脳裏に甦っていた。



                4429F・2 『 最後の封印 』 / 〔 完 〕


 

*あとがき


 最後までお読み頂き、ありがとうございました。

 故 手塚治虫先生から頂いたコメントからスタートした『 4429F 』第2部……

 『 命 』と言うテーマは、やはり大きく、重たかったです。

 しかし、自分なりに描き切ったと自負しております。

 お読み頂いた『 あなた 』には、何が残りましたでしょうか?


 宜しければ、また、他の作品でお逢い致しましょう。

                            夏川 俊

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4429F・2『 最後の封印 』 夏川 俊 @natukawa

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