第12話、永久の時、夜空にて
田所に対し、猟奇的に呟いた、愛。
菊地は、とっさに間に入り、叫んだ。
「 ダメだ、愛ちゃんっ! これ以上、力を使っちゃいけない! 君が、君でなくなってしまう! 」
「 どいてっ! あんたには、関係ないわッ! 」
バシッ、と青白い放電が飛び、菊地は、部屋の片隅に吹っ飛ばされた。 事務用ロッカーに、腰を打ちつけた菊地。
「 あい痛ててっ…! く、くそっ、何て力だ…! 」
その時、愛に異変が起こった。
突然、頭を抱え、苦しそうに唸っている。
「 ? 」
菊地は少し起き上がると、愛の様子をうかがった。
宙に浮いていたスタンドが、音を立てて床に落ちる。 田所も、拘束が解かれたようだ。 よろよろと立ち上がると、メガネを掛け直し、愛に話しかけた。
「 …ど… どうした? 愛…? 苦しいのか? 」
両手で頭を抱えたまま、愛は反り返り、叫んだ。
「 …だ、誰なの、あんたっ…! じ、邪魔しないでッ…! あたしから、出て行ってよッ! 」
突然、卓上ランプの電球や天井の蛍光灯が数本、粉々に割れて吹き飛んだ。 壁に掛けてあった時計が、床に落ち、ガラスが飛び散る。 天井からは、異様な軋み音が聞こえた。
「 …な、何だ…? 何が起きているのだ? 」
田所は、異常な事態に困惑し、辺りを見渡した。
愛は、更に苦しがり、やがて、天井を一度じっと見つめた後、気を失うように、床に倒れ込んだ。
顔を見合す、田所と菊地……
愛は、ぴくりとも動かない。
しかし、油断は出来ない。 相手は、想像を絶する力を得たバケモノなのだ……!
様子をうかがうように、田所が愛を覗き込んだ。
「 …どうやら、気を失ったらしいぞ? 菊地君…! 一体、どうしたというのだ? 」
菊地も、そっと愛に近付き、言った。
「 …分かりません…! 誰かが、どうのって、言ってましたね…… 」
仰向けに横たわり、目を閉じ、眠ったようにしている、愛。
その時、閉じられていた愛の瞳が、徐々に開かれた。
「 ! 」
びっくりして、2人は思わず、その場を飛び退いた。
力なく開けられた愛の瞳が、辺りを見渡している。
やがて、近くにいた菊地を視線に捕らえると、顔を少し菊地の方に向け、驚くべき言葉を発した。
「 …菊地さん。 ケガ、ない? 」
しばらく、茫然としていた菊地だが、やがて事態に気付き、叫んだ。
「 友美ちゃんッ…! 友美ちゃんだねっ…? そうなんだろっ……? 」
愛は、小さく頷いた。
愛に駆け寄ると床に膝を突き、手を握り締めながら、菊地は言った。
「 …そうか…! さっき、愛ちゃんを止めようとしていたのは、友美ちゃんだったのか! 」
愛は、倒れたまま、菊地に言った。
「 菊地さんを傷つけるのは… 許せない…! 大切な人…… 」
「 友美ちゃん……! 」
愛の手を握り締めたまま、乱れた前髪を、そうっと直す菊地。
田所が、菊地と愛の会話を聞きながら言った。
「 …確かに… 意思が、感じられる会話だ……! 記憶だけではなく、もう1人分の意思が存在しているというのか? 信じられん…! 故人が、甦った事になるぞっ…! 」
菊地が、愛に言った。
「 体、大丈夫かい? どこか、痛くはないか? 」
愛は言った。
「 ユキと… ユキと一緒よ、この子… 物凄い力……! 疲れて、意識を失ってるの。 でも、今度、目を覚ましたら… 今度こそ、あたしは出て来れない。 今のうち… 今のうちよ……! 」
愛の手を握りながら、菊地が尋ねる。
「 今のうち、って… どうすりゃいいんだ? 」
愛が、菊地を見つめながら、静かに言った。
「 …あたしを、殺して…! 」
一瞬、声を失う菊地。
「 …な…! そ、そんな… そんな事…… で、出来るワケないじゃないかッ! 」
田所も、すがるように言った。
「 何とか…… 何とかならんのかね? 友美君…! 君が… 君が、愛を… 説得出来ないのかね? 」
愛は、田所を見つめた。
「 …この力自体、存在してはいけないのです。 その理由は、あなたもお分かりのはず。 違いますか……? 」
「 …… 」
「 いつか、ユキもそうしたように… 力を持った者の定めです。 あたしも、この子も…… 」
何という、理不尽な定めなのだろうか……!
本来の体である愛にも、何も罪はない。 命を絶つ以外、力を封じる道はないのか?
菊地は、苦慮した。
「 それしか… それしか、選択の余地はないのか…? 僕には出来ないっ…! 」
「 菊地さん…… 最初、菊地さんを見た時… あたし、助かったんだ、と思った。 でも、違ったのね。 あれから随分、時が経ってたのね…… 」
愛の目が、潤んでいる。
「 でも、いいの… こうして、また逢えたから。 今度、生まれ変わったら… あたし、きっと菊地さんのそばにいるよ? その時は、普通の女の子だからね。 声、掛けてね…… 」
「 ……友美ちゃん……! 」
愛は顔を回し、田所を見ると、言った。
「 …先生… もう… あたしや、この子の頭の中、いじくり回さないでね…… 」
返す言葉がない、田所。
次の瞬間、菊地は、目の前が真っ暗になった。
「 ! 」
何が起きたのか分からない。
( 停電か? …いや、違う )
一瞬、無重力のような感覚を感じたかと思うと、菊地と愛は、そのままの体勢で、研究室とは違う別の場所にいた。
「 …こ… これは……? 」
気が付いたように、辺りを見渡す、菊地。
…どうやら、研究棟の屋上らしい。
錆びた鉄製の手摺が、夕闇に溶け込むように、無機質に続いているのが見える。 大きな空調のファンが幾つも廻っており、縦横無尽に張り巡らされた配管が、所々に設置された非常灯に、静かに、鈍く光っている。
「 移動したのか…! 俺ごと……! 」
友美が、力を行使し、愛の体と菊地を、屋上に移動させたのだ。
現実に今、研究室から屋上への移動を体験した菊地だが、しばらくは、その事実を信じる事が出来なかった。
愛は、菊地の手を離し、ゆっくりと立ち上がると、言った。
「 お別れです、菊地さん…… 」
ふいに、愛の姿が、菊地の前から消えた。
「 …と… 友美ちゃん? …友美ちゃんっ! 」
慌てて、愛の姿を探す菊池。
かつて、あのユキが駆使していたとされる、瞬間移動……!
今、目の前から消えた愛の現実に、菊地は、復活した力の大きさを認知した。
気付くと、手摺を背にし、その外に愛が立っている。
「 あ、危ないっ! そんなトコに立っちゃ…! 」
菊地は、立ち上がると、愛の元に駆け寄った。
「 …触らないでッ! 」
愛の体を確保しようとした菊地を制し、後ろ向きのまま、愛は叫んだ。
手摺の手前で、菊地は立ち止まった。
ゆっくりと、菊地の方に向き直る、愛。
「 私に触ると… 飛び降ります 」
「 友美ちゃん……! 」
いずれにせよ、飛び降りるつもりなのだろう。 ユキのように、友美も、自ら力を封印しようとしているのだ。
友美の行動が察知出来た菊地は、声を震わせて言った。
「 …こんな… こんな別れは、あんまりだ。 医局に戻ろう。 せめて注射で……! 」
じっと、菊地を見つめる、愛。 やがて、静かに口を開いた。
「 いつ、この子が目覚めるか、分かりません。 ……これで、いいのです 」
全てを悟ったかのような、優しい表情……
あの時…… 15年前に別れた時と同じく、聖母のような表情で、友美は言った。
( 逝ってしまう…! 友美ちゃんが、逝ってしまう……! )
奇跡的に巡り会えた再会。 今度こそ、永遠の別れとなる事だろう……
引き止めたいが、それは勿論、叶う事ではない。
菊地は、迎えた事態に、言葉さえ見つける事が出来ず、ただ、呆然としていた。
静かに、友美は言った。
「 もう少し、こちらに来て下さい…… 」
指示に従い、数歩、歩み寄る菊地。
「 …もっと 」
手摺を挟んで、息が掛かるほど近くに、菊地は立った。
かすかな夜風に、友美の髪が、なびいている……
「 大切な人に… 2回もお別れを言わなくてはならないのは、とても辛いです…… 」
澄んだ瞳が、じっと菊地を見つめている。
しばらくして、菊地は答えた。
「 言われる、僕もさ……! 」
友美は、菊地の胸に両手を当てると、顔を近付け、ゆっくりと目を閉じて言った。
「 …キスして 」
菊地は、一瞬、躊躇しながらも、そっと友美の額に、唇を当てた。
夜風になびいた友美の髪が、菊地の頬を撫でる……
目を開けた友美が、少し寂しそうに… しかし、微笑んで言った。
「 さようなら… 優しい人…… 」
ゆっくりと、友美の体が、後ろへ倒れていく。
「 …友美ちゃんッ! 」
友美は、菊地を愛しむかのように、微笑みながら、両手を菊地に差し出した。 その両手を掴もうとする菊地。 しかし、友美の両手は、菊地の手に触れる事は無く、ゆっくりと離れていく。
「 友美ちゃんッ! 僕は… 」
夜空に、菊地の声が響いた。
友美は微笑んだまま目を閉じると、スローモーションのように、ゆっくりと仰向けから頭を下にし、真っ暗な階下へ、吸い込まれるように消えて行った……
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