にせ写楽枕絵奇譚(その41)
打ち出しは何刻ごろかと浮多郎がたずねると、楽日なので役者たちの熱の入れようがすさまじくて先はまったくは読めないと座頭は答えた。
きのうは八ツ半過ぎだったと聞き、今日の打ち出しはそれより早くなることはないだろうと思った浮多郎は、持ち場を与太に任せて、岡埜のいる蕎麦屋の二階に上がった。
岡埜は座敷の窓際に座り、窓の障子戸を細目に開けて通りを見ていた。
「ここからは木戸口は見通せないのでな。それに紫頭巾ではなかったし・・・」
四十八手の女が入場するのは分からなかったと、岡埜は言い訳を言った。
「芝居茶屋にたんまりはずんで、五人分の席取りをさせて、二番目がはじまる直前にやって来たということですかい?」
「二番目がお目当てでもあったろうが、昨夜は押し込み強盗で忙しかったので、朝早くからは来れなかったのだろうよ」
「強盗は本所で?」
「ああ、反物問屋だ。手引きした手代を捕えて締め上げたら、万次郎の手下と割れた。つなぎは万次郎の子飼いの信吉という男だ。・・・何でもこれが万次郎の最後の仕事で、あとは信吉に譲るらしい」
「何でもべらべらとしゃべる男ですね」
「ああ、うすっぺらな野郎だぜ。半分は堅気なのだろうが・・・」
そんな話をしていると、蕎麦屋の主が気を利かして熱々のどじょう鍋にお銚子をつけて二階へ運んで来た。
岡埜はさすがにお銚子に手はつけなかったが、浮多郎にもすすめてから、どじょう鍋をがつがつと食べはじめた。
「先手組はどうしてまた?」
そこが気になった浮多郎は、どじょう鍋には手を出す気にはなれなかった。
「山村の配下がふたりほどこの辺をうろついていたな」
「山村さまは謹慎中なのでは?」
「山村だか、先手組だかの事情が変わったということだろう・・・」
「事情と言いますと?」
「山村は、事のはじめから、万次郎が神田明神下の呉服屋の影の主で、四十八手本の隠れ版元と知っていたのさ」
「へえ、・・・知っていて番頭に罪をなすりつけたんで」
「さあ、どこまでどうだというのは、山村に聞かなきゃあ分からねえ」
「岡埜さまは、それをご存知であっしを山村さまに近づけたので?」
岡埜はそれには答えず、黙ってどじょう鍋に箸を伸ばした。
「・・・山村の事情が変わって、万次郎を捕えようとしても、配下の組員ふたりではどうにもならんぞ。ところで今日の打ち出しは何刻だ」
岡埜が、睨むようにして浮多郎にたずねた。
「へい、座頭の話では、八ツ半前ということはないようで」
それを聞いた岡埜は、しきりに角ばった顎をさすりながら、何やらあれこれと考えはじめた。
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