(その37)
蔦重から知らせを受けた浮多郎は、日本橋堺町の都座へ出かけた。
さすがに大名跡の三代目沢村宗十郎には会えなかったが、座頭の篠塚浦右衛門の差配で、舞台の取り壊しに忙しい裏方ひとりひとりに、紫頭巾の女のことを聞いて回ることができた。
ほとんどの裏方が、紫頭巾のいい女が、二階席から身を乗り出すようにして、熱心に舞台を見ていたと証言したが、舞台がはねたあと、その女がどこへ消えたかは知らなかった。
だが、木戸番の男が、芝居小屋を出たあと、ひと込みにまぎれて芝居茶屋の方へ歩いて行く女を見たと言った。
なにせ、木戸番は高いところに座っているし、顔を隠したつもりでも、逆に紫の頭巾が悪目立ちしすぎるので、遠目にもよく見えたようだ。
「その女はひとりで?それとも、連れがいたかね?」
浮多郎がたずねると、
「いやあ、いたような、いないような・・・」
と木戸番は、頭を掻いた。
すぐに、芝居茶屋を回った。
芝居がはねたあと、茶屋に寄って食事をしたり、役者絵などの土産物を買ったりするのが好事家の楽しみなので、芝居小屋の周りには必ず茶屋がある。
芝居見物に慣れていなければ、芝居小屋を出たあと、すぐに目についた茶屋に入るだろうと思い、見当をつけた茶屋に入ってたずねると、女将が、たしかに楽日の舞台がはねたあとに、紫頭巾の女が座敷に上がったと答えた。
ついおとといのことでもあり、紫頭巾が目立ったし、連れの旦那が、座敷に上がるなり、衝立で仕切るように頼んで心付けをはずんだので、女将はよく覚えていた。
「その女は、こんなんで?」
と、浮多郎が懐から四十八手枕絵本を出して見せると、女将は頬を染めて、
「ええ、ええ、そうです。この女です」
と、うなずいた。
「旦那のほうはどうです?」
と、たずねると、
「隠居した商家の大旦那のようななりで・・・。でも、大柄なのにすごく身軽そうで、目つきが鋭くって・・・、ああ、元は鳶職かなんかなんですかねえ」
と答える女将の観察眼は、なかなかのものがあった。
「でも、女の方は、とてもご内儀には見えませんね」
「お妾さん?」
「えっ、ええ、・・・まあ、そうでしょうね」
女将は、ことばを濁した。
「ということは、ふたり連れで?」
「いえ、四人連れです。おふたりが座敷に上がると、牢人者と役者くずれのような若いお方が、平土間の座敷近くの飯台でお食事を」
『まちがいない。絵師の幸吉、牢人者、四十八手本の女、そして裏の版元だ』
・・・浮多郎は確信した。
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