(その27)
岡埜同心は町廻りに出ると、たいがいは三ノ輪の辻の蕎麦屋で中食をするのを知っている浮多郎は、正午の鐘が鳴るとすぐに泪橋を出た。
案の定、岡埜は飯台の蕎麦には手はつけず、おかめ顔の女将の酌で酒を飲んでいた。
「おお、浮多郎よく来たな。まあ、一杯やれ」
と盃を突きつけるのを、
「とんだ不調法で」
と目の前で手を振って断るいつもの儀式を繰り返してから、・・・浮多郎は、幸吉の女房のお春を千住から駕籠で呼び寄せて、両国の番所に安置した男の死体の面通しをしたが、お春は、『亭主とは、似ても似つかない男です』と意外な答えをしたと報告した。
岡埜は、それには何も言わず、ただ盃を重ねた。
それで、広小路の金華堂へ行って、代が変わって四十八手本は扱っていないこと、聖天船着き場あたりを探って、お吉と幸吉が隠れていた茶屋を探し当てた話をして、
「お吉は、おととい、橋場の渡しで向島へ渡ったようで・・・」
と言いかけると、
「向島だって?・・・何でそれを早く言わねえ!」
岡埜は、浮多郎に盃を突きつけて怒鳴りつけた。
どうして、こんなことで怒鳴られなければならないのか?
・・・きのうの朝、岡埜は、まったく聞く耳を持たなかったではないか。
「ああ、先手組の山村の申し出だが・・・、手前は、山村の配下について四十八手本の版元を探るんだ。それでもって、分かったことは逐一報告しろ。・・・まず向島へ行ってみろ」
岡埜は一気にまくし立ててから、
「それはそれとして、お吉殺しを追え。金華堂の主も男役の清太郎を殺した奴も、内儀を首吊りにした奴も探し出せ。・・・こいつは奉行所の御用だ。いいな」
と理不尽なことを口にした。
『これでは、からだがいくつあっても足らないではないか』
浮多郎は溜息をついた。
小者を従えて金杉通りを悠然と歩く岡埜を見送ってから、浮多郎は橋場へ向かった。
暑さのぶり返した秋の日差しはきつかったので、橋場の渡しを吹く風は頬に心地よかった。
「ちょいと苦み走ったいい男の絵師を乗せなかったかね?」
客待ちをしている船頭に小粒を渡すと、
「絵師かどうかは分からねえが、そんな感じの若い男を毎日乗せましたな」
とすぐに思い出し、
「十日の間、朝と晩と乗せたのでよく覚えているが、ここ数日は向こう岸へ渡ったままもどる気配がねえ」
と船頭は言った。
そんな話をしている間に、商人と子供を連れた百姓女などの乗客が集まったので、渡し舟はじきに岸を離れた。
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