にせ写楽枕絵奇譚(その26)
山谷堀に垂れこめた朝霧が晴れるころ、泪橋たもとの小間物屋に奉行所の岡埜同心付きの小者がやって来て、両国橋の千本杭に男女の溺死体が上がったのですぐに来てほしいと言った。
浮多郎がすぐに駆けつけると、まだ靄がたゆたう大川の川岸に並べられたふたつの死体に向かって、煙管を手にして土手に立つ岡埜が四角い顎をしゃくった。
川の流れに洗われて着物が脱げたのか、男も女も半裸だった。
ふたりの手首は麻縄で堅く結ばれていた。
「身投げ心中ですかい」
浮多郎が、岡埜に声をかけると、
「馬鹿野郎。よく見るんだ!」
岡埜は、浮多郎に煙管を突きつけて、怒鳴りつけた。
浮多郎が首をすくめて、朝日をいっぱいに浴びた死体を検分すると、女の左の乳の下に刺し傷があり、男の喉も尖った刃物でひと突きにされているのが分かった。
たしかに、これだと身投げ心中ではありえない。
殺してから、ふたりの手首を結びつけて大川に投げ込んだのだ・・・。
相方の色白の男は、なで肩で胸板は薄く、柔らかそうな手をしていたので、職人とか農夫ではない。
「女に見覚えがないか?」
土手を降りて来た岡埜が、声をかけた。
「・・・ああ、そう言えば、顔もからだつきも、四十八手本の女役のお吉という女にそっくりですね」
女の死体に屈み込んだ浮多郎が振り向いて答えると、
「おう、お前も好き者だな」
岡埜はニヤリと笑った。
「となると、男の方は、お吉といっしょに練塀小路の妾宅から逃げた絵師の幸吉でしょうか。新しい版元が、用済みになったお吉と幸吉を殺して、大川に投げ込んだということで。・・・幸吉の女房に面通しをさせましょうか?」
と浮多郎が進言すると、岡埜はフンと鼻先で笑い、
「役者の顔に嵌めかえた四十八手本の下巻が版行されたのは知ってるか?」
と不意に話題を変えた。
浮多郎がうなずき、
「その件で、先手組の山村さまが、わざわざ泪橋までやってこられて・・・」
と答えると、岡埜はみるみる不機嫌になった。
「・・・ああ、こいつのおかげで、天地がひっくり返るような大騒動になるだろうよ」
と言って、顎の無精髭を撫でていた岡埜だが、くるりと背を向け、両国広小路あたりの湯屋にでも行こうというのか、すたすたと両国橋を渡って行った。
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