(その25)

吉原通いの粋人は、柳橋あたりから猪牙舟や屋根舟で大川を上って聖天船着き場で降り、日本堤を徒歩か駕籠で吉原を目指す。

聖天稲荷裏あたりは、船宿もたくさんあり、ひとがたくさん動くところなので、訳ありの男と女が身を隠すにはかっこうの地だった。

吉原名物の銘菓を手土産にして、養父の政五郎に紹介してもらった照吉親分を、今戸橋たもとのしもた屋にたずねると、

「この女ねえ」

今はほぼ隠居の身の照吉親分は、浮多郎が持ち込んだ『恋ぐるい四十八手(上)』の挿画のお吉を見て、

「こんな人相書じゃあ、顔は見ないで、からだだけ見るんで役に立ちそうもねえな」

と嫌味を言ったが、その口元は笑っていた。

それでも、照吉親分は、浮多郎を従えて、船宿を一軒一軒たずねて回った。

あらかたの船宿を回ったが、手がかりはなかった。

ただ、山谷掘を少し遡った日本堤下にある、船宿とも茶屋ともつかない店の女将が、

「うちで長逗留しているお客さんではないのかね」

と枕絵の挿画を見て言った。

お吉と幸吉らしい苦み走ったいい男は連れ立って、下谷の練塀小路で事件があった夜あたりにやって来て、それからずっと逗留しているという。

それが、男が出かけてくると言ってもどらなくなり、ついおとといお吉もいなくなった女将は言った。

お吉は、帳場でしきりに向島へ渡る橋場の渡しのことを聞いていたという。

ふたりが長逗留していた部屋を改めたが、何も残っていなかった。

「はじめて現れたときも、何の旅支度もなく、その辺の訳ありの男と女が泊りで遊ぶ感じでした。でも、気前よくひと月分を前金で払ったので、はじめて長逗留すると知ったぐらいで・・・」

女将が、『男は画帳を何冊も抱えていた』と言うのを聞いた浮多郎は、お吉とこの宿で長逗留した苦み走ったいい男とは、絵師の幸吉だと思った。

幸吉が先にいなくなって、そのあとを追うようにしてお吉もいなくなった・・・。

照吉親分に礼を言ってから、浮多郎は橋場へ向かった。

泪橋が架かる思い川が大川に合流する地点に船着き場があった。

向島の住人にとって、大川沿いに南行して大川橋を渡るか、大きく北行して千住橋を渡るしか江戸市中に入る道はなかった。

だが、江戸市中の横っ腹に位置する三ノ輪あたりに入るには、ここの渡しはとても便利だった。

ちょうど、渡し舟が商人や旅人を乗せて船着き場に着いたので、乗客を降ろして一服つけている船頭に小粒を渡して、

「おとといの昼下がりに若い娘を乗せなかったか?」

とたずねた。

船頭は、煙草の煙を吐き出しながら、おぼろげな記憶をたどっていたが、

「ああ、そういえば、派手な小紋を粋に着た若い女を乗せたな」

と言った。

枕絵を見せると、

「ああ、この女にまちがいねえ」

と、四十八手の枕絵に目を丸くして言った。

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