にせ写楽枕絵奇譚(その23)
浮多郎は、御用のついでに下谷広小路へ回った。
御徒町から一本裏道に入ったところの金華堂は、看板も店内の陳列棚もそのままに店を開けていた。
帳場に座る色黒の悪相の男が、鋭い眼光で、店に入った浮多郎を見やった。
「予約した本をもらいたい」
と言うと、
「何の本のことで?」
男は、蛇のような目をぎょろりと向けた。
「ああ、例の枕絵だが」
「枕絵はいろいろと取り揃えてございます」
「・・・ああ、『恋ぐるい四十八手』の下巻だが」
「そのような本はございません」
木で鼻を括るとはこのことだ。
「この夏の盛りに、瓦版屋が配るチラシを見てこちらに予約を頼んだ。・・・ああ、たしか、ご内儀が目の前で帳面に書いたね」
「店はすでに代替わりをしております。予約とやらも、あずかり知らないことです」
帳場の悪相の男は態度こそ慇懃だが、浮多郎を手早く追い払おうとしているのは見え見えだった。
「それでは、新しい店主に会わせてもらいたい」
浮多郎が懐から十手の柄をチラと見せたが、男はまったく動じない。
「主はあちこちに店を持っていて多忙なため、なかなかつかまりません」
と、いけしゃあしゃあと白を切った。
「ほほう、それでは、どこへ行けば会えるのかねえ」
と凄んで見せると、
「さて」
男は、わざとらしく首をひねるばかりだった。
この男では埒が明かないと見た浮多郎は、いったん退散することにして、隣の乾物問屋に入った。
浮多郎を客と思ったのか、白髪白髭の主が、帳場を出て来て小腰を屈めた。
懐の十手の柄を見せて、金華堂のことをたずねると、
「そうですな、元々夫婦仲は悪かったのが、主の兼助が女中に雇った小娘を妾にして囲ったので、最悪になりましたな。・・・それでも店は繁盛していたので、ご内儀が家を出ることはなかったがね」
町内の元締めを務めるという隠居は、息子夫婦が子宝祈願に出かけているので、小僧を使って店番をしていると言った。
町内のいざこざなどは、何でも知っているようだ。
「金華堂さんが四十八手本を版行したのはご存知で?」
「いや」
と首を振った隠居だが、
「ただ、重い病で余命がわずかなので、やりたいことをやって死にたいとは言っていましたな」
やっと思い出したように言った。
「主の兼助は妾宅で男と刺し違えて死に、ご内儀も裏の蔵で首を吊って死んだのは、もちろんご存じで」
「ええ、驚きました。余命わずかなのをはかなんでご内儀を道連れにでもしたのでしょうか」
「妾のお吉と、枕絵を描いた絵師が妾宅から消えて、行方がいまだに分かりません。お吉の実家はどちらでしょうか?」
「さあ、葛飾の在とか聞いたような。・・・たしかなことは、ちょっと」
金華堂の主も内儀も死んでしまった今では、これではたいした手がかりにはならなかったので、
「金華堂さんは代替わりしたようですね。新しい持ち主はどなたでしょうか?」
と、すぐに話をそちらへ切り替えた。
「それが挨拶も何もないのです。金華堂さんに貸した金の証文を持って奉行所に届け出た呉服屋さんが、借金のカタに店を総取りしたそうです」
「どこの呉服屋さんで?」
「さて?」
隠居は。あれこれ考えていたが、どうにも思い出せないようだった。
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