にせ写楽枕絵奇譚(その22)

暑かった夏もようやく終わり、秋風が吹き渡りはじめた日本橋たもとの耕書堂に、山東京伝があわてて駆け込んで来た。

蔦重の弟分と自他ともに認めている京伝は、番頭の和助に案内も乞わずに勝手に奥座敷に上がり、

「すごいものが出ましたぜ」

と、書見をする蔦重の膝元に、一冊の黄表紙をポンと投げた。

書名は『恋ぐるい四十八手(下)』とあった。

取り上げた黄表紙をパラパラとめくった蔦重は、

「売れてるのかね?」

とたずねた。

「すごい評判です。何せ四十八手の男役を、男女蔵からはじまって、半四郎、高麗蔵、幸四郎などのキラ星のような役者たちが務めているんですから。これは、前代未聞です・・・」

京伝が喚きたてるのを横目に、改めて四十八手本の枕絵を丹念にめくっていた蔦重は、

「たしかに、歌舞伎三座の秋興行で主役を演じている幹部級の役者がすべて出そろっているねえ。おっ、この手は東洲斎。・・・いや、東洲斎を下手に真似た二流の絵師の手だ」

と深い溜息をついた。

「またお上のお咎めがあるのかね?」

京伝も不安になったのか、沈痛な顔になった。

「よもやこの蔦屋重三郎が版元などとは言わないとは思うが、お上は草の根を分けてもこの四十八手本の版元を探せと命じるはず。それに、歌舞伎界のお偉方も黙っちゃいねえだろう。ひいき筋も大騒ぎするに決まっている・・・」

口をへの字に曲げて腕組みする蔦重。

「秋興行がたけなわの今、こんなことをやられちゃあせっかくの芝居も台無しだぜ。もっとも、四十八手本の版元の狙いはそこにある。・・・嫌がらせか、金儲けか」

蔦重は、『恋ぐるい四十八手』の上巻を書棚から取り出し、京伝が持ち込んだ下巻と並べて畳に置いた。

「京伝先生、よく見比べてみろよ。彫りと摺と製本の雑さは同じだが、上下巻それぞれの雑さは微妙にちがう。版元は意図的にそれぞれの業者を変えたということだろう。男役のからだは上下巻とも同じだが、下巻では男のからだはそのまま、顔だけが役者の顔に変えられている。上巻の女は、たしかお吉とかいう金華堂の主の妾だったはず・・・。可憐な少女のような顔とからだで、みずみずしい色気があった。だが、下巻では女の顔もからだも、磨き抜かれた極上のからだをした年増女に変わっていて、凄みのある色気を醸し出している。高嶺の花というか垂涎の女とでもいうか・・・」

と、さすがに女郎などに詳しい蔦重が講釈を垂れた。

次に、蔦重は、京伝が持ち込んだ四十八手本の下巻と並べて、先に吉原の扇屋で披露した、まるで売れなかった下手な役者の大首絵を座敷に広げた。

「下巻の役者の顔と先の下手な大首絵の役者をよく見比べてほしい」

と蔦重が言うと、

「立体画ふうの大首絵の泥棒髭のような陰影を外すと、まったく同じ役者の顔になる。同じ絵師の手というよりも、同じ下絵を使い回している」

と京伝がうなずいた。

「一九が、都座の稽古場で見かけて声を掛けた絵師が、大首絵と枕絵の両方を写楽に似せて描いたのさ。・・・絵師を送り込んだ版元は、たしか春霞堂とか歌舞伎三座には届け出たようだが、はて」

蔦重が言うと、

「そいつは、おいらが三座の元締めに当たってみる」

と京伝が買って出た。

「絵師は、上巻ではお吉をそのまま写し取っていた。・・・ということは、下巻の女もそのまま写しているということかね」

京伝は下巻の女に興味津々のようだったが、

「京伝先生、この女に惚れたね。調べてみるかい?」

と蔦重に振られると、

「いいかげんにしてくれよ、蔦屋さん。江戸にどれだけの数の女がいると思う」

京伝は、あわてて火消しに回った。

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