にせ写楽枕絵奇譚(その21)

向島の竹林に豪壮なお屋敷があるのは、近隣にもあまり知られていない。

このお屋敷の離れの隠居部屋で、幸吉は、ご隠居の妾のお蝶のなまめかしい裸身を画帖に写し取っていた。

幸吉は、裸身のお蝶と浴衣の千代吉が、尻と尻を後ろ向きにあわせて次第にせり上がる『富士の高嶺』の体位を描いた。

ご隠居が番頭にまかせている神田明神下の呉服屋の手代のうち、いちばんの優男の千代吉に男役をさせていた。

もっとも、描くのはお蝶の裸身だけで、すでに下谷の練塀小路で描き終えた『恋ぐるい四十八手』下巻の二十四枚の下絵のお吉の部分を、お蝶に差し替えるためだった。

千代吉にはお蝶の相手をさせるだけで、清太郎が演じた男役はそのまま使うことに決めていた。

清太郎の顔をそのまま使うかどうか、幸吉は考えあぐねていた。

おぼろげながら秘中の秘の案があったが、それはまだ形にはなってはいなかった。

『やっちゃえ』という考えと、『そこまでやったら大ごとになる』というふたつの思いが入り混じり、頭の中でぐるぐると回っていた。

幸吉の傍らで、厚地の座布団に座った白髪のご隠居が、愛妾が若い男を相手に四十八手の性技を演じるのを、目を血走らせて見つめていた。

・・・これは急を要する突貫工事だった。

朝早く、総泉寺裏の橋場から渡し舟で向島へ渡り、日が暮れかかるころに渡し舟で帰るまでの丸一日をかけてお蝶の裸身を描いていたが、歌舞伎三座の秋興行が終わるまでには版行するという約束の刻限が迫っていた。

聖天稲荷裏のお吉と暮らす隠れ宿に持ち込んで夜なべ仕事というわけにもいかなかった。

お吉には何も言わずに宿を出て、向島のご隠居の屋敷に泊まりがけで仕上げることにした。


出番の終わった妾のお蝶は、何かと用事にかこつけては幸吉の作業部屋にやって来て、うっとりとした顔で幸吉の筆先を見ていた。

この日も、日暮れごろにやって来たお蝶は横座りになって、

「先生、その筆でわちきを描いてくんなまし」

元は吉原の振袖新造だったお蝶は、郭ことばを使って幸吉を誘った。

「ええ、それはもう・・・。でも、親爺さんのお許しをいただければなりません」

と筆を動かしながら、幸吉は用心深く答えた。

「それでは、歌舞伎見物に連れて行っておくれ」

お蝶は、手を変え品を変えて幸吉を誘う。

だが、その誘いにうかつには乗れない。

「いいですねえ。・・・でも、親爺さんもごいっしょでなければなりません」

とやんわりと断ったところへ、突然襖が開き、

「お蝶、先生の邪魔をしてはいかん。・・・先生は、忙しいのだ」

仁王立ちのご隠居が、厳しい声でお蝶を叱りつけ、

「・・・それに、先生に客人だ」

と言い訳がましく言った。

「わたくしに、ですか?」

「ああ、先生の女房だそうだ」

「お吉が?」

玄関に駆けつけると、お吉は後ろ手に縛られて玄関の平土間に座っていた。

「忍び込もうとしているのを、用心棒の先生が捕らえたのだ」

ご隠居が言うそばから、

「あらっ、この女、枕絵の女よ。・・・主役の座をわちきに奪われたので、意趣返しに来たのよ」

ご隠居の後ろから首だけ出したお蝶が、冷たく言い放った。

「幸さんをもどしておくれ」

お吉も負けずに言い返した。

「ああ、この女は、旦那さまのお金を盗みに来た泥棒よ。まちがいない。とっとと奉行所に突き出しておくれ」

玄関の隅にのっそりと立つ牢人者に向かい、吊り上がった目尻をさらに吊り上げたお蝶が叫んだ。

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