(その20)
「女のからだを火照らせておいて、どこをほっつき歩いているのさ」
宿に帰るなり、お吉がむしゃぶりついた。
「むしゃくしゃするんで、ちょいと精進落としさね」
そんな言い訳が、お吉の怒りに火に油を注いだようで、
「お前さん、どこにそんな遊ぶ銭があるんだい!」
お吉は、夜叉のような顔で喰らいついた。
「銭は向島の親父さんからいくらでも引き出せる」
幸吉がうそぶくように言うと、
「外の女に注ぎこむ銭があるんなら、着物の一枚でも買ってもらいたいもんだね」
お吉は言い返した。
そんな小言を右から左に聞き流した幸吉は、酒徳利を持ち出して座敷にもどり、湯呑で飲みはじめた。
「さんざん遊んできて、また酒かい」
呆れたお吉は、湯呑を取り上げ、幸吉の裾を割って股ぐらに手を突っ込んだ。
「こんなに元気があるのに、女房にはおあずけかい・・・」
裾をからげてゆで卵のような丸いお尻を剥き出しにして幸吉にまたがったお吉は、的をはずさずに腰を落とした。
ついさっきまで深川の妓楼で同じような遊びをさんざんしてきた幸吉だが、勝手に腰を振るお吉にどこまでもつき合えるような気がした。
『俺は何をやっているのだろう』
帆掛け舟のかっこうで、お吉を喜ばせながら幸吉は考えた。
『予約もたくさんある。まず、四十八手本の下巻を版行しようぜ』
と渋る向島の親爺さんを、
『四十八手本はいつでも版行できます。秋興行の役者絵の大首絵を墨一色で安価で作って高値で売れば、ぼろ儲けです』
と焚きつけて金を出させた幸吉の頭にあったのは、蔦屋の五月興行の大首絵での大成功だった。
蔦屋の二番煎じではあるが、斬新な立体感のある大首絵を墨一色で安価で制作して版行すれば、大成功まちがなしと思ったが、・・・見事にこけてしまった。
『江戸の庶民には、しょせん斬新な趣向の役者絵など分からんのだ』
と幸吉はみずからを慰めたが、四十八手枕絵の下巻を後回しにしてまで版行して大こけしたのだから、落とし前はつけなければならなかった。
「ああ、お前さん。いいよう・・・」
お吉は、獣じみたうめき声あげて後ろにのけ反ると、白目を剥いてそのまま仰向けに倒れて失神した。
金華堂の主の兼助が振りをつけ、お吉と清太郎が四十八手の性技を踊るのを描いている間に、幸吉はいつしか性技の達人になっていた。
岡場所の女を狂わせ、いくらでも貢がせることもできそうな気がしたが、それでは清太郎と同じ末路になってしまう。
『なんて俺は馬鹿なんだ。金華堂の主が志したように、芸道と性道をひとつにすれば、とてつもない金を手にできる』
不意に、幸吉の脳髄にそんな考えが閃いた。
・・・蟻地獄から抜け出そうと下手に動くと、さらに深みにはまるという俚言を、この時の幸吉はまだ知らない。
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