にせ写楽枕絵奇譚(その16)

首を切り取られた男役のヤクザ者の身元は、背に彫った鯉の滝登りの刺青ですぐに割れた。

本所に住む清太郎という、あちこちの岡場所の女に貢がせた金をすぐに博打でする無頼の徒だった。

顔もからだつきも、背中の刺青こそ描いてなかったが、金華堂が版行した『恋ぐるい四十八手』の男役にそっくりということも分かった。

じつは、本人もそれを女たちに自慢していて、

「近々俺の本の増刷で大金が手に入る」

などと、うそぶいていたという。

しかし、絵師と妾のお吉の行方は杳として知れなかった。


多くの謎は残ったが、先手組は、四十八手枕絵の版元を御徒町の金華堂と断じ、一九を放免したので、浮多郎の先手組の岡っ引きの仕事は終わった。

「その四十八手最後の一枚の、互いに短刀で差し違える枕絵は妾の家にはなかったのかい」

「ええ、描き溜めたはずの下巻の二十四枚の枕絵の下絵も見つかりませんでした」

泪橋の小間物屋の居間で、政五郎と浮多郎の親子は家の裏の井戸で冷やしたお茶を飲みながら今度の事件を振り返った。

「その絵師が下絵を持って妾と逃げたということかい」

「おそらくそうでしょう」

「そもそも、主が清太郎を殺した動機はどうなんで?」

「妾をおもちゃにされた恨みと、嫌な奴にびた一文渡したくないというケチな根性からでしょうか」

「おもちゃと言っても、主の兼吉が清太郎を男役としてあてがったわけだろう」

「そこが男心でしょうか。商売のためとは言え、いくら何でも、愛妾を目の前で他の男に抱かせるのですから・・・」

「異常だな」

政五郎は汚いモノでも見るような目をした。

「半病人の兼助には、あの若いヤクザ者の清太郎を殺す余力などなかったはずです」

首をひねる浮多郎に、

「だが、清太郎と妾は、互いに相手を短刀で狙ったまま抱き合う構図だったから、妾に命じて先に喉を突かせる手もあったはずだ」

と、政五郎は鼻をうごめかせて言った。

「兼助はそのあと、喉を突いて自殺した。・・・余命いくばくもない兼助は清太郎だけは許せなかったのだ」

「では、内儀を絞め殺して首吊り自殺に偽装したのも、兼助の仕業でしょうか?ここでも兼助にそんな力はなかったはず。あるいは、盗賊の仕業でしょうか?」

矢継ぎ早に繰り出す浮多郎の問いかけに、政五郎は目を白黒させるだけだった。

・・・もっとも、浮多郎もその答えを見つけることはできなかったが。


そんな親子の会話をしているところへ、小間物屋の店先に駕籠を横づけにしてやって来た女がいた。

病で衰弱しきっているのか、じぶんの足で立つことすらままならない女は、駕籠かきに抱きかかえられるようにして、ようやく駕籠から降りた。

「お願いです。主人を探してください」

そう言うと、女は座敷の上りはなで崩れ落ちた。

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