(その15)

妾宅を配下に任せた山村とともに、浮多郎は御徒町の金華堂へ走った。

たしかに、間口一間の店舗のすぐ裏の薄暗い土蔵の中で、内儀が梁に渡した縄にぶら下がっていた。

燭台に灯りを点けてよく見ると、土蔵の右手には商品の朝鮮人参や性具やらが雑然と積み上げられ、左手の棚はがらんどうだった。

たぶんそこには、四十八手本の上巻の増刷分が収まっていたはずだ。

ともかく小太りの内儀を組員がふたりがかりで首吊り縄から降ろし、土間に横たえた。

踏み台に登って梁から縄を垂らして輪をつくり、首をくぐらせてから、踏み台を足で蹴とばして、ぶら下がる。

・・・これが、ふつうの首吊りだ。

しかし、踏み台がどこにも見当たらない。

燭台を近寄せて内儀の太い喉を見ると、大きな手で絞めた紫痕があった。

絞め殺して梁から吊り、首吊り自殺に偽装したのは明らかだ。

「土蔵の鍵ってどうでした?」

浮多郎が山村にたずねると、山村は土蔵を開けた配下を呼び寄せた。

店番の内儀がいなかったので、金華堂の帳場の銭函のすぐ横の釘に掛かっていた木札に土蔵と書かれた鍵で開けたと若い組員は答えた。

盗賊は客を装って店内に入り、内儀を脅して土蔵に案内させ、増刷した四十八手本を盗み出すと、内儀を吊るしてから再び鍵を掛けたということか・・・。

その帳場を調べると、前に内儀が浮多郎の目の前で政五郎の下巻の予約を書き込んだ帳簿がない。

内儀が妾宅に持って来ると主が言っていた金が、帳場のどこにも見当たらなかった。

そこへ、花川戸の製本屋へ行っていた一隊がもどって来て、半刻ほど前、ここと同じように精本屋に押し込み強盗が入り、職人たちを縛り上げて二階にあった摺り上がったばかりの四十八手本を持ち去ったと恐る恐る報告した。

・・・これだと、先手組の捜索が事前に漏れていたとしか考えられない。

それを言おうとすると、山村も同じことを考えたのか、天を仰いで腕組みしたまま身じろぎひとつしない。

「金華堂の主が、日ごろ夫婦仲の悪い女房を絞め殺し、金の件で男役ともめて殺し合ったと見るのが自然だろうが、・・・それと盗賊がどうからむのか分からん。謎だらけじゃ」」

と首をひねっていた山村だが、

「ともかく、行方の知れない絵師と妾が真相を知っているはずじゃ」

と、すぐさま品川、板橋、新宿、千住の関所に手配をかけ、潜伏しそうな深川あたりの宿を手当たり次第に探索した。

絵師の名前も風貌も分からなかったが、妾の人相書きには枕絵を転用したのはとんだご愛嬌。

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