にせ写楽枕絵奇譚(その14)

暮れ六ツ前、同心の山村が指揮を執る先手組の十五人の組員は、ものものしい捕物のいでたちで清水門を出て城東へ向かった。

山村は、組員を三隊に分け、一隊は花川戸の製本屋、一隊は御徒町の金華堂、もう一隊は練塀小路の金華堂の主の妾宅をめざした。

練塀小路の妾宅へ向かう隊は山村が指揮をとり、金華堂の主の兼助と絵師を捕縛するつもりだ。

山村と配下の組員五人ほどを案内して練塀小路へやって来た浮多郎は、金華堂の主の妾宅の玄関戸を叩いたが、応えがない。

妾宅の裏木戸にふたりの組員を配置してから、山村は委細構わず玄関扉をこじ開けて屋敷に踏み込んだ。

玄関を上がったところで鼻を衝く血の匂いがした。

薄暗い奥座敷にふたつの死体が転がっていた。

縁側の障子戸を開け放つと、夏の日の残照が、座敷の死体をを赤金色に染め上げた。

座敷の中ほどに、丸裸の長身の男が血塗れになって仰向けに倒れていた。

・・・その喉には匕首が垂直に突き立てられていた。

長身の男と対になるようして、縁側のほうを頭にした、枯れ木のように細い中年の男が着流しを血に染めて、やはり仰向けに倒れていた。

・・・この細い中年男の喉にも匕首が垂直に突き立てられていた。

鬼瓦のようないかつい顔の山村も、さすがに顔をそむけるような陰惨な光景だった。

畳を指先で拭った浮多郎が、

「畳が血をあらかた吸い込んでいますが、まだ生乾きです。殺しはほんの少し前にあったようです」

うなずいた山村だが、

「・・・あの盆を見よ。仕出しの弁当が四つに、二合徳利が二本と湯呑が四つ。ここで四人が酒盛りをしていたのだ」

と座敷のとば口にある春慶塗の盆を指差して言った。

「四十八手の最期の一枚が出来あがったので、祝杯でもあげたのでしょうか?」

しかしよく見ると、弁当は手つかずで、湯呑も伏せたままだった。

ということは、どうやら祝杯をあげる前に惨劇は行われたようだ。

「・・・ところが、何かのことで喧嘩となり殺し合いとなった。この丸裸の男は枕絵で男役を演じた男だろう。そして、こっちの細い中年男が版元で金華堂の主か。互いに匕首を握って同時に喉元めがけて突き立てた。・・・まるで男同志の心中じゃて」

床下で聞いた比翼の図のように、差し違えて死ぬのは、男役と女役のはずで、男役と主が差し違えるのは構図とはちがうと思った浮多郎だが、それを口にはしなかった。

「さて、さて。妾と絵師はどこへ消えた」

不意に思い出したように、山村は言った。

隣の座敷や台所を見て回った浮多郎が、山村に声をかけた。

「肝心の出来上がった四十八手目の下絵がありません」

「それがどうした」

「酒の上で口論となって殺し合ったというよりも、初めから殺す企みがあったように思えてなりません」

それを聞いた山村は、

「当てずっぽうはいかんぞ!」

とどやしつけた。

山村が、ふたつの死体の傍らで立膝を突いて首をひねっているところへ、

「同心、大変です」

と、御徒町の金華堂へ踏み込んだ一隊のひとりが、息せききって駆け込んで来た。

・・・金華堂の内儀が、店の裏手の土蔵で首を吊っているという。

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