(その13)

ひときわ暑い夏の昼下がりだった。

「互いに首を絞め合うのはどうだい?」

金華堂の主の兼助が、四十八手の最後の一枚の案を口にした。

衰弱した兼助は、もはや立っているのもままならないようだ。

かろうじて鶴のように痩せたからだを二つに折って座り、それでも背筋を伸ばして指示を飛ばしていた。

よしんば最後の挿絵の一枚を描いたところで、恋人たちの死に至る愛の物語の結末を黄表紙ふうに書き上げるだけの体力が兼助にあるのか疑わしいと幸吉は思った。

「そのやり方で男と女が同時に死ぬことができますかね。男のほうが力があるので、女が先に死ぬのではないですか。・・・それだと心中ではなく、無理心中になってしまいます」

と言うと、

「・・・たしかにそれは不自然だ」

と兼助は答え、しばらく考え込んでいたが、

「では、互いに差し違えるのはどうだい。戦場で刀折れ矢尽きて敗れたふたりの若武者が自害するように・・・」

と別の考えを披露した。

「このクソ暑いのに鎧なんぞ着て演じるのかい。まっぴらご免だぜ!」

着流しの胸をはだけた清太郎が、えらい剣幕で文句を言った。

「まさか。・・・たしかに、若い武将と女武者が鎧姿で心中するのも趣向だが、ここは裸で対面で抱き合い、下をつなげたままのけ反って刃を構え、互いの喉を狙う双翼の図とかいう構図はどうだい。『口惜しや、もはやこれまで』とか叫んでさ」

「・・・でも、金華堂さん、愛の成就としての心中でしょう。こころ残りはないので、『あなうれし』とかではないですかね」

兼助と幸吉がそんな演出の話をしていると、

「下をつなげたまま刀を構えて、そんなに反りかえることはできねえよ。軽業師でもあるめえし」

清太郎がここでも文句を垂れた。

「だったら、刀ではなく、短刀ではどうだい。目いっぱい後ろに反りかえって短刀を頭上高くかざしてさ。まずこの双翼の構図で先生に描いてもらう。そこからは、先生お得意の立体動画仕立てで互いの喉に短刀を同時に突き立てる。そのあとは抱き合って口を吸いあったまま死ぬ」

兼助はじぶんが思いついた案に有頂天になってまくし立てた。

「短刀はどうなります。まさか、突き刺さったまま口吸いともいかないでしょう」

幸吉が口をはさむと、

「そんなことよりよう、銭はどうした。今日もらえるのかい?・・・俺の出番はこれでおしまいだろう。もらうものをもらってトンズラだ」

清太郎がごねた。

「ああ、心配はいらねえ。銭は打ち上げの宴会の時に家内がもって来る手はずだ。仕出しも頼んであるのでこころゆくまでやってくれ」

兼吉がなだめると、

「へえ、打ち上げの宴会があるんかい」

清太郎は、すこしばかり気をよくしたようだ。


蒸し風呂のような床下にもぐり込んで一部始終を聞いていた浮多郎は、顔の蜘蛛の巣を振り払いながら這い出すと、清水門外の先手組目指して一目散に駆け出した。


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