にせ写楽枕絵奇譚(その11)
八丁堀の岡埜同心の役宅へ押しかけた浮多郎は、蔦重にしたように、今度の四十八手枕絵の版行についてあらかたの構図を描いてみせた。
「それでもって、下巻の制作は間もなく終わって彫りに回るようです」
「枕絵を楽しんで、みんなが儲かる。それでいいんじゃあねえのかい。いったいぜんたい誰に罪があるってえんだ」
浮多郎の話をニヤニヤしながら聞いている岡埜は、手酌で注いだ盃を重ねて饒舌だった。
自慢の美形の奥方は相変わらず里に帰ったままのようだ。
「ですが、お上が黙っていません」
「放っておけ」
「奉行所はそれでいいのでしょうが、火盗に一九先生を引っ張られて、蔦屋さんが困っています」
しばらく四角い顎をさすっていた岡埜は、
「・・・ところで、蔦重は銭を出すのかい?」
とたずねた。
「出すそうです」
浮多郎が答えると、
「火盗を動かすには、この程度の証拠では弱いな。・・・弱いが、蔦重も焦っているだろうよ。お前の言う構図は分かったが、わざわざ脅しに泪橋にやって来たヤクザ者の方が奉行所としては気になるところだぜ」
と言って、文机に向かってさらさらと手紙を書き、
「まずこいつを蔦屋に見せて、それから火盗の先手組へ持っていきな」
と言って手渡し、
「お前の行く方角が、まるでちがうんじゃないのかい」
と、封書をふところに入れて帰りかけた浮多郎に、岡埜が言った。
先手組へ封書を届ける前に、岡埜が教えてくれた花川戸の製本屋へ行ってみた。
大川沿いに間口の狭い製本所や摺師が軒を並べていた。
その中ほどのやや傾きかけた二階屋が岡埜が言った店だった。
帳合した紙の束を堆く積んだ土間に入り、
「主に御用がある」
と、座敷の上がりはなで断裁した紙を紙縒りで束ねている中年の職人に言うと、
「親方は出かけてるよ」
と、顔も上げずに職人は答えた。
「なら待たせてもらおうか」
と、その横にどっかと腰を下した。
座敷の奥でもうひとりの若い職人が同じような作業をしていた。
見渡したところ、枕絵などの製本はしていないように見えた。
突き当りの台所にも、台所の左奥の階段にも、紙束が積まれていた。
「お兄さんは、いつ上がりだい。夜なべ仕事もあるのかね?」
とたずねると、若い職人は中年の職人の方を困った顔で見やった。
「親方は帰りは遅いので、帰ってもらえないかな。仕事の邪魔なんで」
中年の職人があからさまに追い出しにかかったが、
「ええ、いいですよ。・・・こちらで金華堂さんの仕事なんかしてませんかねえ」
と声をかけると、一瞬だけ顔を上げて浮多郎を見たが、すぐに顔を伏せて製本の作業にもどった。
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