(その9)

翌朝、弥勒の熊吉から聞き出した横川に架かる法恩寺橋近くの長屋の角で、浮多郎は瓦版屋を張った。

朝寝でもしたのか、日がだいぶ高くなってから、瓦版屋は長屋をのっそりと出た。

頭に手拭いを載せ、法被姿で、瓦版を小脇に抱えた瓦版屋は、横川沿いを業平橋の方へ向かった。

高く広がる夏空が見下ろす大川橋から浅草に足を踏み入れた瓦版屋は、やたら愛嬌を振りまき、

「麒麟がひとを喰ったよ」

「三人妻の猟奇殺人だよ」

などと、辻に立っては、ついこの間浮多郎が解決したばかりの浅草の安兵衛殺しをネタにした瓦版を売って歩く・・・。

浅草寺の仲見世では人だかりもして、瓦版はけっこう売れた。

瓦版屋は、相手を見ては小判のチラシもいっしょに渡していた。

浮多郎は、瓦版とチラシを手にして雷門をくぐる商家の手代に声をかけ、チラシを譲ってもらった。

そこには、待ちに待った『恋ぐるい四十八手(下)』の予約発売中とあり、下段に小さく取次店として下谷広小路・金華堂の名があった。

浮多郎は、さっそくその金華堂へ行ってみた。

広小路裏の御徒町の間口半間ほどの金華堂の店先には、回春の朝鮮人参やら性具などの派手な効能書きがべたべたと張られていた。

どうやら、肝心の商品などはは店の奥の棚に陳列してあるようだ。

帳場にでんと座る年増女が、胡散臭そうに浮多郎を見やった。

「ご主人は?」

浮多郎が下手に出ると、

「何の用だい」

女将は、鷲のような大きな鼻を向け、喧嘩でもふっかけるような口調でたずねた。

「ああ、ナニの下巻の予約に」

「なら、初めからそう言えばいいのさ」

出された帳簿に、『山谷堀泪橋たもと小間物屋政五郎』と書いた浮多郎が、

「親父がご主人と昔馴染みで・・・。上巻で楽しませてもらったので、お礼をしてくれと」

と言って、ご内儀の丸まっちい手に小粒を握らせ、

「どうしてもご主人に挨拶してこいとうるさくて。なにぶん昔気質なもんで」

愛想笑いをすると、浮多郎の男ぶりに浮気心をくすぐられたのか、

「ここにはいないんだよう」

ご内儀の小粒を見た時の晴れやかな顔が一転にわかに掻き曇り、・・・夜叉のような険しい顔に変わった。

「妾に入れ揚げちゃってさ」

この若い色男でも送り込んで邪魔してやれ、とでも思ったのか、

「どちらで?」

とたずねると、

「下谷のお稲荷さんの裏手の練塀小路のさあ・・・」

などと、つい口を滑らせたのが女の浅はかさ。


「こいつは骨だ。自慢の棹が折れるぜ・・・」

簪を差したお姫さま役のお吉が白い尻を掲げるところへ、お小姓姿の清太郎が逆馬乗りになる。

腕でからだを支え、平仄を合わせて清太郎の陽根でつながった尻と尻を次第に持ち上げる、富士の高嶺と兼助が名付けた体位だが、清太郎が先に音をあげた。

お吉も、この体勢で気をやるのは難しかった。

「清太郎、そこで尻を振れ」

富士の高嶺がやっとできると、今度はさらに高度な技を無茶振りしたので、清太郎は呻いた。

「先生、台潰れになる前に、富士の高嶺を斜め下から見上げた図を手早く描いて」

兼助は、幸吉に次々と指示を飛ばした。

「清太郎耐えろよ。大傑作の誕生だ」

余命わずかの病人とも思えない兼助は、大きな声を張り上げてみんなを励ました。

・・・玄関まで漏れてくる女の嬌声に、案内を乞うのを止めた浮多郎は、横の枝折り戸から坪庭に入り込んだ。

性の求道者たちの振る舞いが障子戸越しにも手に取るように分かった。

聞いているのが辛くなった浮多郎は、逃げるようにして、日本橋通油町へ向かって駆け出した。

・・・夏の日はまだ高い。

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