にせ写楽枕絵奇譚(その8)
熊吉の話はこうだ・・・。
瓦版を売り歩きながら、小金持ちの色事が好きそうな奴を見つけると、瓦版屋はチラシを渡して春画の予約を取る。
これだと売れ残りがなく、確実に刷った分だけ売れる。
扱う瓦版屋は何人もいるらしい。
その時、玄関先で、
「熊公、できてるかい?」
と呼びかける野太い声がした。
「噂をすれば影だぜ」
摺り上がった瓦版を受け取りに、瓦版屋が現れたようだ。
紐でで縛った瓦版の束を受け取った下っ腹の突き出た中年男に、
「瓦版といっしょに春画も売ってるんですかい?」
といきなりたずねた。
瓦版屋は、鳩が豆鉄砲を喰らったように目を白黒させて、浮多郎を見つめた。
「こちらの若い目明しさんがよう、例の四十八手本の版元を探しているのさ」
熊吉が助け船を出したが、瓦版屋は警戒したのか、いつでも逃げ出せるように身構えた。
「奉行所は、春画なんぞは取り締まらないんで」
と猫撫で声で言うと、
「なら、どうして版元を探す」
と瓦版屋はいい返した。
そう問われた浮多郎は、詰まった。
「・・・それがあるお方に頼まれやしてね。ともかく会わせてもらえませんか」
「いや。それが、・・・俺も会ったことがねえ。摺師が持ち込んだ予約を取るチラシを配るだけで、売るのは版元なんでね」
きょう日の瓦版屋は、瓦版だけではなく、私製の富籤やら春画も売って歩くようだ。
瓦版屋が逃げるようにして摺りたての瓦版を担いで行ってしまってから、
「摺りの代金はどうなってるんで?」
熊吉にたずねると、
「ああ、そのことね。それは製本屋が払ってくれる。だから俺も版元は知らねえ」
と答えた。
熊吉の話では、彫師などの分も製本屋が払っているが、製本屋は版元ではないとも言った。
これだと堂々巡りで、製本屋へ行けば、今度は瓦版屋がすべてを払ってくれるとか言いかねない。
「チラシもここで摺ってるんで?」
浮多郎がたずねたが、熊吉は首を振り、
「春画を売るのに一番の肝のチラシはよう、版元がじぶんで用意して瓦版屋に渡しているはずだぜ」
と知ったかぶりを言った。
ということは、チラシだけではなく、歩合の受け渡しもあったりするので、やはり瓦版屋と版元は深く繋がっていると見るべきだろう。
・・・あの瓦版屋は嘘をついたのだ。
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