喧嘩の後は

 外から、激しい物音が聞こえていた。だが、男はただじっと、何もせずに座っていた。何が起きているか、見ずともおおかた、想像がついたからだ。それは、男の力によるものではなく、単に、外の会話が丸々全部、聞こえていたというだけの話。


 ――やっと、騒ぎが収まり、見に行こうと立ち上がると、その前に扉が外から開かれた。


「……ああ、ル爺。すまないが、なんとかしてやってくれないか」


 赤髪の少年を見て、ルジには一瞬、それが誰だか見分けがつかなかった。それほどまでに、衣服は破れ、ところどころ血に染まり、顔は腫れ上がっていたのだ。


 そんな彼は、自分の足取りもおぼつかない中、同じくらい傷だらけで、かつ意識を失っている、琥珀髪の少年を背負っていた。


「喧嘩か」

「喧嘩なら、仲直りできたかもしれないが。残念ながら、こいつと仲直りする日は、一生来ないだろうね」


 話せる余裕があるのと、意識がないのが生まれるくらいには、差がついたらしい。やられた量は同じくらいのようだが、粘りがち、といったところか、とルジは推察する。こういうのは、実力的に勝てそうにない相手が勝つこともあるのだと知っていた。


「衣服の洗濯と、傷の治療、それから、全身を洗ってやってくれ」

「お前はいいのか、ギルデ」

「ああ、残念ながら、僕は意識があるみたいだからね。とりあえず、自分でなんとかしてみるさ。怪我と服だけ、後で直してくれ。――それにしても、あれは、本当に最悪な攻撃だったな。僕のムスコ、さっきから、感覚がないんだが、死んでたりしないかな? ちょっと、見てくれないか?」

「てめえの死にかけのムスコなんざ見たくねえよ。自分でなんとかしろ」

「いや、本当に、マジで、ヤバそうなんだけど……」


 少年を床に横たえると、自分の足跡がついていることに気づく様子もなく、ギルデは自分の部屋へと去っていった。


「――それにしても、派手にやったなあ」


 魔法で言われたとおり、治療と洗浄をしてやり、衣服ももとに戻しておく。それから、しばらく、力の抜けた体躯を見つめる。


 が、やがて、決心したように立ち上がると、椅子くらいの身長の、小さな体で、ひょいと、少年を背負い、二階へと上がり、ベッドに横たえる。


「まあ、たまには、こういうのも必要か。ほどほどにしろよ」


 誰にも届かない声を残して、ルジは再び、一階の椅子へと戻り、床を掃除した。


「ル爺! 大変だ! ムスコが、息をしていない!」


 汚れたままの格好で飛び出してきたギルデに、再び、床を汚されて、ルジはその真っ赤な頭を、思いきりはたいて、気絶させた。結局、ギルデも同じように、治療し、洗浄してやった。


***


あとがき

以下の話の直後の出来事ですね。親切なお爺さんがいたんだよと。

https://kakuyomu.jp/works/16816452220220295034/episodes/16816452221261920362


次回で番外編最終回、ついに、諦悔の帳面、完結です。

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