死神の仕事
「ねえねえ、あかりんツー。属性とかそういうの、もっとくわしく教えてよんよん」
「ダメですよ。これ以上は言えません」
「えー、けーち!」
淡々と業務をこなす、桃髪の彼の隣で、緑髪の女は、やいのやいのと騒いでいた。
「あまり教えすぎると、地上の三代目に怒られてしまいますから」
「スリーなんて放っておけばいいんだよ、あんなやつ」
「――三代目とはいえ、彼も僕ですから、あまり悪く言わないでやってください」
「ツー、ほんとーに神だね。神なみにお優だね」
「正しく神ですからね」
溜め込んでいた業務をこなしながら、時折、地上の様子をうかがう。主神である彼には、他の平行世界を覗くこともできるのだ。
これまでに、三つの平行世界が生まれ――厳密に言えば、もう一つあったのだが、消えてしまったため、今は三つ――主神もワンツースリーと、三揃いになった。その全体像を把握できているのは、彼だけなのだが、そんな異常事態を引き起こしたのが、願いの魔法だ。
願いの魔法。それは、この世界をプログラムした彼が、地上の民たちに与えた、神の力。ちょっとした遊びのつもりだったのか、はたまた、深い理由があったのか。それは、彼にしか分からないことだ。
「……なんか、忙しそうだねん?」
「そうですね。なぜか、三つの世界を、僕一人で見ることになっていますからね」
「れなが手伝ったげよーか?」
「お気持ちは嬉しいんですが、そういうわけにもいかないので」
「ふーん? なんで?」
「あなたには、死神の仕事があるはずです」
「まー、あるけど。今は、そういう気分になれないっていうかー」
「役目が果たせないと、ろくな死に方をしませんよ」
「それは、嫌だけど」
「それが嫌だと言うのなら、早く、彼を処分したほうがいいのでは?」
「……まなちゃに、見られたんだよ。すっごく、傷ついた顔してた。違う世界のまなちゃだけど。やっぱり、まなちゃはまなちゃだった」
彼はしばし、口を閉ざす。返事を待っている様子のれなに気づきながらも、手は休めない。時間がないわけではない。時間自体が彼を中心に回っているのだから。彼がゆっくりになれば、世界もゆっくりになる。その逆もしかり。
「でも、今回ばかりは見逃せません。彼は、幾度となく、死の運命から逃げ続け、誰かに代わりを押しつけてきた。今回もそうだ。このままあと数年もしたら、彼は、自身の力で神になりえますよ」
「分かってるけど……」
「僕たちの本気でも止められないというのなら、それでいいでしょう。僕も、彼を神として認めざるを得ない。――けれど、中途半端に神が増えれば、世界がどうなるか分からない。死後の魂が集う、天界と天上でさえ、安全な場所ではなくなってしまうかもしれない」
「うん……」
「あなたの仕事は、『天界で無作為に選ばれた魂を刈ること』、そして、現在、神になる可能性のある彼、『ルジ・ウーベルデンの魂を刈ること』。この二つです。天界のルールに逆らえば、あなたも、他の世界のあなたのようになりますよ」
「……あかりんはさ、天界に戻ってから、心がなくなっちゃったの?」
「なくなってはいませんよ。押し殺すことに慣れただけです」
「そっか。それなら、いいけど」
冷たい黄色の瞳で、資料に目を通していき、再び、血色のいい唇をゆっくりと開く。
「――もう一つ、追加しましょうか。スリーを、ここに呼び戻してください」
「それは、あかりんを、やれってこと?」
「勘違いしないでください。私的な恨みや憎しみといったものではありません。彼には、地上と天界を繋いでもらった恩もありますから」
彼は、細くしなやかな指でその資料を掴み、れなに向ける。
「彼は、時を戻しすぎた。つまり、寿命を縮めすぎたんですよ。本来の運命なら、とっくに死んでいる」
「それが、適用されないのは――」
「彼が、主神である運命を捨てたから。ここの記述には、主神、と記されることになっている。そういうルールですからね。主神がこの日に命を落とす、とは定められていますが、榎下朱音が、とは書いていない。偶然のようですが、なんと、運のいい」
「結局、やらなきゃいけないんじゃん」
「そうですね」
「ふぃー。……向こうの世界に逃げてからじゃ、追えないよね」
「そもそも、誰かが別の世界に渡ること自体、禁じられていますからね。ついでに、止めてきてください」
「わかったよ。あーあ、好きにさせてあげたかったんだけどなあ」
「つらい役割だとは思いますが」
「仕方ないんでしょ。これが、死神の仕事なんだから」
サイコロを振り、命を奪う。出る杭を打つ。そして、逃亡者に足かせをつける。こんなのが、死神の仕事だ。何一つ、いいことなんてありはしない。
「それでも、やらなきゃ」
それが、死神の仕事だ。
***
あとがき
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。この話を持ちまして、諦悔の帳面は完結となります。
次章の更新は、目処が立ちましたら、また、ここや近況ノート、Twitterなどで宣伝させていただきます。
改めまして、ここまでお付き合いくださり、ありがとうございました。
一章 ~願いの手紙~
https://kakuyomu.jp/works/1177354054935264875
ニ章 ~溺れる日記~
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