いつまでも待っていて
久々に、ハイガルに会える。だが、一体、どんな顔をして会えばいいのだろう。ハイガルに私の顔が見えないことは分かっているけれど、それを言い訳にはしたくない。つらそうな顔をしていると、ル爺に言われてようやく気がついた。
そんなことを考えて固まっていると、朱音が、私の手を握り、視線を合わせ、頭をぽんぽんと撫でた。――朱音の面倒も見てあげなければいけないのだ。彼の望むままを上手く演じられているか、分からないけれど。
私は軽く頷いてから、ハイガルに近づいていく。その真っ白な翼が、懐かしい。
「久しぶりね、ハイガル。元気だった?」
返事はない。当然だ。症状がよくなることはあり得ないのだから。
私は、横たわるハイガルの、羽毛で覆われた頭を優しく撫でる。
「温かい。生きててくれて、よかった」
目が見えるわけではないが、その顔を覗くようにして話しかける。きっと、見えなくても、目を見て話していることは伝わると、信じて。
「今日は、話があってきたの」
ローウェルと朱音がいなくなったのを確認して、私はハイガルの隣で横になり、視線を合わせる。
「私が泣いてるのとか、多分、聞こえてたわよね。いいえ。聞こえてなくても、きっと、気づいてたでしょ?」
返事はない。少しの反応だってない。ただ、まばたきするのを見ていると、少しだけ、反応しているように見えるのだ。
「私のせいだって、思うわよ。当然でしょ、私をかばってくれたんだから。泣くわよ。当たり前じゃない。ハイガルのこと、本当に、一生愛してたいって、そう思ってるんだから。どんな姿でも、目が見えなくても、動けなくても。すごく、すっごく、大好きなんだから」
からかわれないと知っているから、安心して本音が言える。皮肉なことだが。
「あなたが思ってるより、ずっと、私はあなたが大好き。全然、伝えきれてないなって、そう思ってたの」
開いている方の目の、すぐ下を、指でなぞってやる。
「色々、考えたのよ、私一人で。朱音にぞっこんなフリをしたり、マナと仲直りできないか試行錯誤してみたり。――でも、気がつくと、ハイガルのことばっかり考えてて」
ふわふわの羽毛に、顔をしずめる。痛くないよう、優しく。
「私はいいのよ。いつまでも、死ぬときになっても、ずっと、あなたを想っていたい。――でも、あなたはきっと、私がこうして、あなたに人生を捧げることを、望まない」
彼の匂いの中でなら、ずっと、浸っていられる。けれど、私は、彼から離れ、再び瞳を覗き込む。
「今、話すことができたなら。きっと、あなたはこう言うんでしょ?」
『――ありがとう。だが、オレのことは、忘れてほしい。オレにとらわれるな。オレのために、自分を犠牲にしないでくれ。頼むから』
「なんて、カッコつけて言うんでしょ?」
彼の瞳孔が、わずかに細まったような気がした。
「自分を犠牲にしてる、なんて思ってないけど。このまま、こうしているほうが、たくさん、ハイガルを傷つける。それくらい、私にだって分かるわ」
答えはもう、決まっていた。
「お別れしましょう、ハイガル。一方的で、想像頼りで、すごく、悪いと思う。でも、私は、私の願いを、あなたには使えない。きっと、あなたに使ったら、あなたは自分を責め続けるでしょ? 私が、自分を責め続けているみたいに」
聞かずとも分かることだった。目をつぶっていたって分かることだ。
「あたしはやっぱり、マナに託された、朱音の願いを優先するわ。ハイガルは、あたしがいなくても大丈夫だって、信じられる。むしろ、あたしのほうが心配されてるかもしれないわね。――でも、彼は、一人じゃ歩くことすらできない。マナがどれだけ愛していたとしても、彼を幸せにすることはきっとできない。あたしは、ハイガルのことが、ものすごく、大切で、すごく大好きだけど、朱音を放ってはおけないの。責めてくれても構わないわ」
ハイガルは、なんと言いたいのだろうか。自分より、マナを選ばれて、拗ねているかもしれない。永遠に生き続けなければならない状態より、朱音のくだらない願いを優先することを、どう思うのだろう。
「でも、大丈夫。――絶対に、あたしが、元に戻してみせるから。朱音の願いはきっと、あたしの頭でどうにかできる問題じゃないんだと思う。けれど、ハイガルは、こうして、生きてる。生きてる以上、必ず、何か治す方法があるはずよ。あたしが、絶対に、助けてみせるから。だから……待ってて、くれる?」
返事はない。期待もしていない。望んでもいない。
ただ、私が、彼を信じていて、私が、やっぱり、彼を好きだというだけの話。
「あたしが可哀想だなんて思わないでよ。あたしは、あなたを愛することができて、あなたに愛してもらえて。ただそれだけで、すっごく、幸せなんだから」
照れた顔が見られないのだけが、少し、残念だが、こうして一緒にいられるだけでも、いい。
「これからも、たくさん、あなたのために泣くと思う。心が折れそうになることだって、あるわよ、きっとね。でも、絶対に、諦めたりしないから。だから、そこでちゃんと聞いてて。あたしが、ハイガルのためなら、どれだけ頑張れるのかってこと」
そろそろ、行こう。朱音に不自然に思われないように。死んだ顔で、かわいい笑顔で、壊れたようなフリをして。
「待ち続けるのがつらいなんて、そんなの聞き入れないから。あんたの事情なんて知ったこっちゃないわ。あんただって、あたしを勝手に助けたんだから、あたしも勝手に助けるわよ。……絶対にね」
こうして、私と彼は、別れた。
彼の気持ちが分からない以上、そのままでいるのは、嫌だったから。
***
はい、忙しいと近況ノートでぼやいておきながら、久々の番外編更新です!
以下は、対応する話のリンク。更新遅すぎて忘れたわ! という方のためにご用意いたしました。
https://kakuyomu.jp/works/16816452220220295034/episodes/16816452221262037950
ま、なんというかさ。忙しいときほど、書きたくなるってもんじゃん? ごめんなさい調子乗りました。
まなちゃは壊れたフリしてただけで、ハイガルとはこういう別れ方をしていた、という裏話です。まなちゃつよい。
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