第5-8話

 次の日。僕はあらかじめ聞いておいた住所に、まなを連れて向かっていた。


 とはいえ、僕もまなも方向音痴なので、迷いに迷って、迷子になっていた。手を繋いでいたので、はぐれてはいない。


「ここどこ?」

「私も知らなーい。あっちかな?」

「じゃあ、あっちでいっかー」

「ま、待つっす!!」


 そう声をかけられて、振り返ると、そこには青髪の好青年、ローウェルがいた。肩で息をしているところから見て、だいぶ走ったらしい。


 まなが手をほどいて、さっと僕の後ろに隠れる。


「やっと、見つけた……っす……」

「家どこ? 全然見つからないんだけど」

「全っ然、違う方向っす。ついてくるっす」


 ついていくと、本当にかすりもしていなかった。しかも、駅の反対側。


「それにしても、まな様がいるから大丈夫かと思ってたんすけど、大間違いだったみたいっすね」

「……」

「ハハッ、嫌われてるっすね、オレ!」


 きっと、まなに直接手を下したわけではないのだろう。だが、ローウェルにも、いい印象は抱いていないらしい。


「こんなに嫌われるなんて、何したのさ?」

「話し相手になったり、肩車して窓の外を見せてあげたり」


 あれ? なんか、親子っぽいな。


「外に出たいと泣いているまな様を、命令に従って虐待したり」


 あーね。


「虐待は、してないでしょ」


 しかし、被害を受けたはずのまなが、なぜか、そう弁明した。


「無視だって立派な虐待っすよ」


 ローウェルはローウェルで、自分の罪は重いと言い張った。


 ――さっさと仲直りすればいいじゃん。お互いに仲直りしたいって思ってるんでしょ?


 とは言わない。ま、あんまり口出ししてもね。


 そうして僕たちは、縦に並んで歩いていく。


「ここっす」


 案内されたのは、とても四天王幹部のものとは思えない、こぢんまりとした家だった。


***


 室内に入ると、体感で想像の百倍くらい広かった。どうやら、魔法で中の空間を広げてあるらしい。


「あ、まな様が触っても大丈夫なようにしてあるんで、大丈夫っすよ」


 遠慮していたまなが、おずおずと僕に続く。この家は靴を脱がないらしい。


「嫁は仕事中でいないんっすよ。それに比べて四天王はフレックスタイム制だから融通が利くっす」

「フレックスタイム制って……」


 何か言いたげなまなだったが、その続きには沈黙しか続かなかった。


「でもそれだと、あんまり奥さんに会えないね」

「確かに、昔なら耐えられなかったかもしれないっすねー」

「今は?」

「そんなの、息子が一番に決まってるっすよ」


 そのとき、背後のまなが、小さく息を呑む気配がした。何か言いたそうだが、やはり、言う勇気はないらしい。


 階段を上がり、廊下を抜けて、突き当たりの部屋をノックする。


「入るっすよー」


 ローウェルに続いて入ろうとすると、まなが僕の袖を掴んで引き留める。久々だからか、緊張しているようだ。


 その冷たく小さな手を握り、視線を合わせ、頭をぽんぽんと撫でる。


 やがて、まなは決心した様子でこくりと頷き、足を進める。僕は少し離れたところからそれを見守る。


「久しぶりね、ハイガル。元気だった?」


 返事はない。当然だ。症状がよくなることはあり得ないのだから。


 まなは横たわるハイガルの、羽毛で覆われた頭を優しく撫でる。


「温かい。生きててくれて、よかった」


 目が見えるわけではないが、まなはその顔を覗くようにして話しかける。


「今日は、話があってきたの」


 そんな風に、優しく語りかけるまなを置いて、ローウェルが部屋を出る。僕はそれを追いかける。


***


「運命って残酷だねえ」

「そうっすねー。本当、なんで、まな様やハイガルばっかり、こんな目に遭うんっすかね」


 ローウェルは深く考えていなさそうな顔で、からっとそう言った。


「ローウェル的には、ハイガルくんがあんな形でも生き返ってくれて、嬉しかった?」

「そりゃ、もちろん」



 それから、ローウェルは家を出て、瞬間移動で、わざわざ魔王城の近くまで移動する。僕もそれについていく。


 ――すると、不意に、ローウェルが涙を流し始めた。


「ど、どうしたの?」

「ちょっとっ、待つっす」


 彼はその場に屈んで、僕に手のひらを向けて制止すると、顔を手のひらで覆い、肩を震わせた。


 ちゃんとした大人は、泣かないのかと思っていた。


 僕が昔、処分を依頼されたゴミたちは、泣きわめいて、みっともなく逃げ出すようなやつばかりだったが、ボスや組織のやつらは、大ケガをしても泣かなかった。


 それは、ちゃんとしているか、ちゃんとしていないかの違いだと思っていた。そんな話をすると、組織のやつらにはゲラゲラ笑われたが。


 だから僕は、よく泣く子どもが好きで、泣かない大人が苦手だった。


 結局、泣く大人も泣かない大人も同じなのだと、このとき初めて気がついた。

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