第5-7話

 お姫様抱っこでまなの動きを封じ、責め寄っていた。


「それで?」

「……それでって?」

「聞かないと分からない?」


 目をそらそうとするまなを少し外側に傾けると、落とされると思ったのか、慌てて首にしがみついてくる。その瞬間に、背中の手を上にずらして、まなの顔をこちらに向かせる。


「ほら、ちゃんとこっち見て」

「……」

「早く言った方が身のためだと思うけどねえ」

「――許して?」

「かわいいねえ。でも、許してあげない」


 なぜ、不老不死になると知って、願いを口走ったのか。僕に願いを譲ってくれれば、その代償は僕が受けることになる。


 しかし、そうでなければ、たとえ、僕の願いだとしても、代償を受けるのは彼女なのに。


「言わなきゃ分からないよ」

「……だって、私なんか、どうなってもいいでしょ」


 相変わらずの自己肯定感の低さだ。


 それが本心のすべてであるかどうかはともかく、そういう言い訳は非常に困るので、僕はその頬にキスをする。君は僕の大切な『モノ』だと伝える意味で。


「んにゃっ!?」

「ネコか」

「フーッ!」


 目は鋭く光らせているが、隙だらけだ。続いて、背中側の手で脇腹をくすぐってやる。


「ふにゃあっ……!」

「なんでそんなにネコなのさ」

「あかねが、色々してくるからでしょ!?」

「あれえ? そんなこと言っていいのかなあ?」

「にゃんっ」


 耳に息を吹きかけると、首をひっこめる。くすぐられるのに弱いのも、アイと同じだな、と、そんなことを思う。


 ちなみに、この行動は、ハイガルならこうするだろう、という推測に基づくものであって、決してそこに僕の願望があるわけでは――まあ、一パーセントくらいはあるか。


 そのままベッドに押し倒そうとして、二段ベッドなので高さが苦しいことに気がつく。


 仕方なく、まなを壁際に横たえて、外側に寝転がり、息のかかる距離で目を見つめる。その視線から逃れるようにして、背を向けるまなを、後ろから抱きしめる。いちいちビクッと体を震わせるのが面白い。一体、どんな顔をしているのだろう。


「いい匂いする」


 そんな言葉一つで、まなは体を硬直させる。慣れていなさそうなので、この辺りで許してやることにした。まあ、離しはしないけど。


 と、そのとき、うなじの下あたりに、小さな傷跡がついているのが見えた。半ば無意識になぞると、まなが、「にゃあっ!?」と、声を上げたので、すぐに手を引っ込める。


「この傷、何?」


 すると、まなの耳がみるみる赤くなっていく。となると、十中八九、ハイガル関連だ。尋ねる前に、赤い耳たぶを指でぺちぺちしてから、指で揉む。


「やわらけえ」

「さっきから何がしたいのっ」

「まなちゃんが自分を大切にしてくれないと、僕が困るからさ。それで、この傷は?」

「……」


 だんまりを決め込むつもりらしい。


「ふーん。そういう態度取っていいんだ?」


 その傷を優しくなぞっていると、こそばゆいからか、まなの首が小さくなっていく。そして、代わりに、隙だらけの鎖骨付近をくすぐる。その手をまたうなじに戻して、とやっていると、そのうちにまなは降参した。


「血! 吸われたの!」

「は? ハイガルくんに?」

「それ以外、誰がいるのよ」


 ああ、なるほどね。吸血鳥って、ヴァンパイアみたいなものだっけ。


「結構痛かったけど、ハイガルは美味いって言ってたわ」


 本当に食料じゃないんだよね……?


「血吸うって、求愛行動か何かなの?」

「さあ? よく知らないわ」


 よく知りもせず吸わせたらしい。本当に、無防備だなと思う。眷属にされたり、石にされていたら、どうするつもりなのだろう。


「この傷、治らないの?」

「まだ治ってないなら、治らないんでしょうね。あたし、魔王の血を引いてるから、再生能力は高いの」

「ふーん……」


 それよりも、いつの間にか、昔の口調に戻っているのが気に入らない。え、嫉妬かって? いやいや、好きでもないのに嫉妬するわけないじゃん。




 所有物が、自分の思い通りにならないのが、気に入らないだけだ。




「……また何か怒ってる?」


 気配を敏感に感じとり、こちらを振り返って確認するまなの後頭部を押さえ、額を合わせる。


「僕だけ見てなよ」

「ご、ごめんなさい」


 ハイガルが、生きているから、まなは彼への想いを捨てられないのだろう。


 その上、まだ、別れてはいないのだ。引き離されたって、想いがなくなるわけじゃない。


 普通なら会わせないところだが、そんなことをしたところで、まなの心にハイガルが残り続けるだけだ。


「よし。今度の休み、ハイガルくんのところに行こう」

「どこにいるか、知ってるの?」

「知らないけど、想像はつく」

「どこっ!?」


 目を輝かせるまなの顎に、人差し指をかけ、瞳を合わせる。俗に言う、顎クイというやつだ。


「まなちゃんさ、僕がいないとダメだって、分かってるよね?」

「……ん」

「あんまり他ばっかり見てると、僕、いなくなっちゃうよ?」


 震える小さな唇を、親指でなぞる。ハイガルの模倣だ。上書きしてやった方が、飼い主が誰か分かるのかもしれない。


「いい?」


 返事を待たずに、顔を近づけていき――。




 ふと、桃髪の少女のことが思い出され、咄嗟に、頬へと避ける。




「……寝る」

「え?」


 まなに背を向けて、さっさと眠ることにする。忘れよう、今のことは。


 すると、まなが後ろから抱きついてきた。


「ありがと」

「何がさ」

「何でもないけど、ありがとっ」

「……何それ」


 それでも、背中にまながいると思うと、なぜか、安心して眠ることができた。


 彼女からも、マナと同じ、ベルスナーキーの香りがしたからかもしれない。

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