第5-6話

 アイへの想いは変わらない。それだけを握りしめて、僕はこの場に立っていた。訳あって、魔力を完全に回復させておきたかったので、一ヶ月ほど、魔法を使わないようにしていた。


「僕が幸せになるためには、まなちゃんの願いが必要なんだ。だから、君の願いを、僕にください」


 誠心誠意、頭を下げて、返事を、待つ。


「私は、あかねが一緒にいてくれさえすれば、それでいいの。あなたの幸せなんて少しも望んでない。そういう、最低なやつだから」

「それでも僕は、僕の幸せを、君に分けてあげたい。君とアイを、幸せにしたいんだ。だから、お願いします」


 しばらくして、まなは僕の顔を両手で挟み、顔を上げさせる。


「本当に、そう思ってる?」

「うん。もちろん」

「嘘」


 失敗だ。


 ――時を戻す。


「本当に、そう思ってる?」

「君とアイの幸せが、僕にとって一番の幸せだよ」

「嘘」


 戻す。


「本当に、そう思ってる?」

「本当だよ、信じて」

「嘘」



「本当に、そう思ってる?」

「なんで嘘をつく必要があるのさ」

「別の理由があるんだ。嘘つき」



「本当に、そう思ってる?」

「君にぞっこんだぜ、ベイビー?」

「好きにならないって言った。嘘つき」



「本当に、そう思ってる?」

「いや、そろそろ、信じてくれない?」

「何か隠してる。嘘つき」



「本当に、そう思ってる?」

「ほんと、ほんとだって。もうマジで」

「嘘」



「本当に――」

「そう思ってるよ。嘘じゃない」

「それが全部でもないよね」



「本当に、そう思ってる?」

「……そりゃ、もう、ほんとですよ、はい」

「嘘」



「本当に、そう思ってる?」

「思ってます!」

「嘘」



「本当に、そう思ってる?」

「世界一愛してるぜ、マイハニー!」

「嘘!!」



「本当に、そう思ってる?」

「君は、どう思う?」

「嘘だと思う」



「本当に、そう思ってる?」

「ねえ、なんで嘘だって分かるの?」

「やっぱり嘘なんだ」



「本当に、そう思ってる?」

「たとえ、世界が滅びようとも、君とアイのことだけは愛してるよ」

「それは、半分本当だけど、結局、どっちも幸せにはしてくれないよね」



「本当に、そう思ってる?」

「幸せにしたいのは本当だよ」

「できないんでしょ。それは、嘘と同じだよ」



 あかん、強すぎる。どれだけ取り繕っても、嘘は見破られるらしい。



「本当に、そう思ってる?」


 ゲシュタルト崩壊してきた。


「思ってるわけないじゃん。幸せを分けてあげたいとか、どこの王子様だよ。君は大人しく、僕の言うことを聞いていればいい」

「そっか。……そうだよね。私なんて、一生、幸せになれないよね」


 遊びすぎたな。


「本当に、そう思って――」


 僕は、まなの言葉を遮り、その肩を掴む。


「三人で、幸せになろうよ」

「……でも、マナはもう、戻ってこないよ」

「え、どうして?」

「ごめんね、今のは忘れて」

「いや、忘れられるわけないじゃん」


 額の汗を手の甲で拭い、まなの瞳を見据える。


「それで。今の、どういう意味」

「言えない」

「もう一緒にいてあげないよ?」


 それには反応を示したが、続く言葉に、自分の頭の悪さと、まなの頭の良さを思い知らされることになる。


「もし、二度と詮索しないって言うなら、願いを叶えてあげる」


 たいてい、まなの方が一枚上手だ。


「分かった。詮索しないよ。だから、僕に願いを譲ってほしい」

「……願いって?」



 ――だが、今回は、僕の勝ちだ。願いを手に入れられるのだから。



「榎下朱里を、生き返らせたいんだ」

「生き返らせる……」

「うん。その代償は『死』。つまり、僕は不老不死になるけど、ま、たいしたこと――」

「『榎下朱里を生き返らせて』」




 ――自分の耳を疑った。




 遅れて、はっとして、まなの顔を見る。疲労とは無関係の汗が背筋をなぞる。


 しかし、まなは、不気味なほどに、平然とした顔をしていた。


「あれ? 失敗しちゃった。なんでだろう」


 なぜか、発動はしていないようだが、そういう問題ではない。思わず、彼女の肩を掴む手に力が込もる。


「ねえ、僕の話、聞いてた?」

「……怒ってる?」

「怒ってない」

「嘘。怒ってる」

「――ああ、怒ってるよ、すごく」


 するっ、としゃがんで逃げ出そうとする、まなの腕を掴んで引き留め、素早く背中と膝裏に手を添え、軽い体を持ち上げる。


「相変わらず軽いねえ」

「お、降ろして……」

「ベランダから?」


 まなが喉を詰まらせたのが分かった。こう見えて彼女は高いところがダメで、僕の胸の位置からも降りられない。とはいえ、ベランダから、と聞かれて、頷くやつなど、そうはいないだろう。


 まあ、朱里にやられた僕は、頷かされたけど。

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