彼女のために

 マナが、死んだ。


 朱音はあれ以来、部屋にこもりきりだ。物音一つ聞こえない。早まったことをしてはいないか、不安になって時折、魔法で作った小型カメラのモニターを覗く。しかし、朱音はそんな気力もないのか、床に寝そべり、一日中、ただぼんやりとしているだけのことが多い。


 あれだけきれいだった部屋も、ほこりが積もり。毎日作っていたご飯も、まったく作らなくなってしまった。ほとんど食べている気配はないので、魔法でこっそり、胃に栄養を送っている。


 たまに、インスタントの麺などを食べるようで、ゴミがそのまま散らかされて、部屋は日を越すごとに悪臭を放つようになっていた。彼自身も、風呂になど、まったく入っていないのだろう。


 今はただ、見守るしかない。マナが残したあの落書きを見せる、その時が来るまでは。チャンスは一度きり。できれば、彼自身で立ち直ってほしい。朱音なら大丈夫、と言ってしまうのは簡単だが、信じることと、放棄することは違う。


 体を共有している朱里とも、メモ帳を通して、そういう話をするようになった。学校は、私がいない間に何かあると怖いので、しばらく休んでいる。テスト用に色々と用意はしているが、受けるかどうかは朱音の様子次第といったところだ。


「これ以上、お兄ちゃんを見てるだけなんてできない、ね」


 メモ帳に書かれた、一番、新しい記述を読み上げる。待てと説得はしているのだが、さすがに限界が近いみたいだ。


「もう少しだけ、待ってほしいんだけど……」


 あれだけの惨状を見せられてもなお、私は、朱音を信じたかった。マナが愛した彼のことを、ずっと、信じていた。それが、まさか、マナが――。


「なんで。なんでよ……っ!!」


 勝手に押しつけて、勝手に離れて、勝手に消えてしまった。私が本当は、誰を想っているかなんて、分かっていたくせに、彼女は私に、一番大切なものの責任を背負わせた。


 ああ、本当に、


「馬鹿――!」


 どうして、気づいてやれなかったのだろう。どんな想いだったのだろう。誰にも、一言も相談できなかったのだろうか。せめて私が、前みたいに仲良く、そこにいてあげられたなら。


「私は、なんて、馬鹿なんだろう」


 ――そんな、意味のない反省は、一体、何度目になるだろうか。こうして立ち止まっていても、時間は流れる。私は、朱音を、支えなくてはならない。マナのために。


「そろそろ、立ち直らなきゃ。反省も後悔も、何度だってしたんだから。たくさん泣いたんだから。マナはもう、帰ってこない。――あの日にはもう、帰れないのよ。しっかりしなさい、あたし」


 私がダメになってしまったら、朱音が本当に戻ってこられなくなってしまう。


「人のためなら、人は頑張れるのよ。きっとね」


 誰にともなく呟いて、寂しさを紛らわせる。そうして、もうしばらく、朱音を見守り続ける。


***


あとがき

6-8、6-9のまなちゃサイド。朱音が何もしていない間、まなちゃが何をしていたか、というお話。一人で立ち直ろうとするまなちゃ、健気でかわいいですね。

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