第16話 輝君と幸子さん

 輝君と幸子さんの心境を想像したとき、二人のこんなやり取りが見えてきた。

 婦人科診察から帰った日、

「あれは診察ではない盗撮だ、だから写真を剥がして貰えるように僕が頼んでみる」

「言ってはダメよ、そんなことをしたら就職が取り消されてしまうから」

 そうだ、輝君が悪夢の診察にまきこまれた時は、現代でいうならインターンシップだったのだ。就職出来るかどうかが掛かっている、だから写真は盗撮されたものだと言い出せなかった、そして母、幸子さんに泣きながら説得されている。

「写真は紙で覆うことになったから大丈夫、辛いだろうけれども黙っていて」

 輝君は就職しても自責の念にかられ、恋愛はしてこなかったようだ、いや自分に好意を寄せてくれる女子職員に輝君も好意を抱いていたことが感じ取れる、しかし祥子の幸せを見届けるまでは、幸せにはなってはいけないと言い聞かせていたように感じ取れる。そんな矢先に看護学生の実習担当教員として祥子が現れたのだ。輝君は直ぐに祥子だと気が付いた、なぜなら幸子さんが忘年会の時の祥子の写真を持っていたからだ。

 二人で祥子の写真に向かって、黙っていることを謝罪し、祥子の幸福を念じてくれていたようだ。だから9年後に、すぐに祥子だと気づいたのだ。祥子の元気そうな姿を観て嬉しかったのだろう、だから祥子のことをじっと見ていた、視線が合って、祥子に近づいて名札を確認し、ホーッと長い息を吐いてから、

「生きていてくれて良かったー」と言った。それは長年抱え続けていた自責の念から解放された瞬間だったのだ。

 ところが、ほっとしたのも束の間だった、既に盗撮写真と引き換えに、レイプドラッグの被害に遭っていたのだ。そしてその時の様子が撮影されていて、その映像がS病院で話題になった。自分が誇りをもって働いていた職場はいったい何だったのか、上映会に誘われた時には地獄に落とされた気分だったに違いない、そして嫌らしい言葉が聴こえてくる

「レイプドラッグ、まるで催眠術に掛かってるみたいや、男のいいなりやんけ、感じとるし、女自身も実のところは寝たふりをしてたんとちゃうか、きっとそうやで」

 耳を塞いでも頭の中で鳴り響く、職場の空気は穢らわしい、空気を吸う気になれない、同僚は祥子を甚振って喜んでいる、そして輝のためだと言わんばかりに

「お前に近づかれると恥ずかしんや、分かったれや」と吐いている。自分のせいで・・・・、そして翌日から仕事を休んだ。

 真っ暗な食卓で、幸子さんと輝君が手を重ね合わせながら項垂れている。二人で罪の意識を共有しながら、幸子さんは輝君の心の痛みを全て吸い取りたいと念じている。そして幸子さんは、祥子の事よりも最愛の息子が自ら命を絶ってしまいそうで怖くてたまらない、だからこの時は祥子の幸せを念じる余裕がなく、それどころか祥子の事を疫病神に思えてしまい、そう思ってしまう自分と、それを否定する自分とが葛藤し合って苦しんでいる。もしかすると「二人で死のうか」と呟いてしまったかもしれない。そんな日が続いたある日、輝君は自室で自ら命を絶ってしまったのだ・・・。幸子さんはひたすら後悔している。そして母として輝君の潔白だけは守りたいと思った、だから写真に写っている手が輝君の手だとは誰にも打ち明けなかった、輝君の事をよく知る人ならば、六林医師に嵌められたのだろうと察してくれるに違いないが、職員全員がそう受け取ってくれるわけではない、幸子さんにとっては輝君が侮辱されてしまうことが耐えられなかったのだ。幸子さんは輝君の意に反して自殺の理由を公にしなかった。それによりS病院内では、輝君と祥子が恋愛関係にあったものだと勘違いしている人は少なからずいるようだ。

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