第8話 セカンドレイプ

 祥子はいったいどれだけ恥辱を浴びせられていたのだろうか、自分自身でも知らなければいけない気がして、呼吸を整え留まることにした。すると、キツネやカワハギ以外にも食堂周辺には二十代三十代の男たちで溢れかえっていたのだ。

 実習二日目、三日目は、祥子とすれ違い様に肘で小槌き合い、祥子の存在を教えあっているかのようにチラ見する者だらけだった。

 ある時から、食堂の席は祥子の顔が職員達に向かないよう、学生たちが席取りをしてくれていた。しかし、ある日、違和感があるほど一方側の席が埋まっており、キツネに祥子の顔が見える場所しか空いていなかった。

「先生、大丈夫」と学生が言ってくれた

「別にどこでもいいよ」と言って座った、食事中、うどんを啜ると

「うどんが吸われる」

「うどんが三本もいっぺんに」

「入れたら出さなあかんで」お茶を呑むと

「熱い」と、いちいち中継されていた。


 〝あんたら、ガキか〟


 (本人が知らないというのは、極上の快感や)という心の声が聴こえてくる、階段の上には、にやけ顔が群がって待ち伏せしている。

「食堂は空いていますよ」と教えてあげたが、

「いいの、いいの」とニタニタしていた、通路はごった返すような人垣だった。しゃがんで鏡を置く人もいて、まっすぐ歩けなかった

「早く、早く」と仲間同士で向こうからやってくる人に手招く人もいた。

「標本予習してきたか」

「標本は後まわしする」とやたらと「標本」と言っている、


 〝そうかカルテの写真は女性性器の標本と言うことか〟


 話しかけられたこともある。

「これから標本を観に行くんやけど、標本ってどんなんか知っているか?」と質問されたことがある、その時、学生が

「ピンで刺している昆虫」と答えれば、

「そうそう、しわしわな皮を横に引っ張ると人間の顔みたいな形になるんやで、それをピンではなく毛で留めているような特殊な標本を観に行くんや、毛の種類はこっちが近い」と言って、学生ではなく祥子の髪の毛を指さす。学生と二人で首をひねっていると、

「ちょっと短くして縮らせた感じ、僕は天然パーマやけど、それのとはちょっと違うんや、その標本は血を流してピンに絡まってるんや」と言い、付け足して、面白そうに顔の形状を細かに喋りたくして、

「じゃあ、これから観てくるわな」と言って、長くて暗い階段を降りて行った。その階段は食堂へ降りる階段の隣にあった。

 そこがカルテ保管室だったのだろう。

 

 カルテは院内で自由に閲覧出来ていたようだ、閲覧記録を残さなければならないと思うが、なされていないようだ、管理のずさんさが窺える。

 そして、その人は白衣を着ていたから、医師、薬剤師、検査技師、レントゲン技師のいずれかだろうが、丁寧にレクシャーをしてくれたので名札も視ていた、標本という言葉を連発していたが、病理部ではなかった、名前は確か・・・、そういえば・・・この最低な男に出会う直前にこんな場面に遭遇していたのだ、また一つ記憶が蘇った。


 標本を予習復習と言ってはしゃいでいる群れの中からこんな会話を聴き取っていた

「K病院内のスキー旅行のコテージで、女の子らが薬剤師に睡眠薬を盛られて、一人だけ男部屋に連れて来られてレイプされたらしいですよ、本人は気づいていないらしいです」

 この会話を耳にしたとき祥子は、

 (K病院にはそんな悪い人はいない、誰の事を言っているのだろう)と会話の続きが気になり、聞き耳を立てながら、混雑している廊下をゆっくり歩いていた。

「なんだって、誰から聞いた」

「・・が、サイキさんの、ビデオを観たと」

「何を」

「レイプ映像を」

「どうゆうこと」

「標本付き」

「えっ、ビデオにか?」

「合体させて」

「取引したのか」

「らしい」

「サイキはサイコバスや〝おーい、サイキには気を付けろー〟」と、祥子にも聞こえるこえで叫ぶ声が聞こえてきた。ちょうどその時、前方から白衣の前をはだけた人が軽快に走ってきて祥子の目の前で止まった。背後の叫び声は更に大きく

「おーい、サイキには近寄るなー」と聞こえて来た、だから祥子は目の前の人の名札を視ていたのだ。祥子に標本についてレクチャーした人の名は「サイキ」


 嗚咽が走り心臓がバクバクバクバクと唸る、いったい私の身に何が起こっていたのだ!もっともっと、深いところまで潜らなければならないようだ、しかし一旦、この手記を書きあげて投稿を済まそう、心臓発作を起こしてしまっては元も子もない、祥子は必死にキーボードを叩く、しかし書き出せば書き出すほど記憶は蘇り、発狂しそうになっていた。

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