第5話 総合案内カウンター
総合カウンターには誠実に対応してくれた男女三人がいた、もともと担当だった人達だろう、その場所を乗っ取るかのようにカワハギたちが押し寄せ場所を占拠したのだ、祥子の名前を何度も確認するふりをしてカルテと顔を視ていた。
その時に女子職員はカウンターから押し出された。女子職員が抜けた後、端に立っていた真面目な職員の目にも写真が止まったのだろう、慌ててカルテを閉じて、ぎゅっと握り護ってくれる。そこに女子職員が別の男子職員を連れてきて、カワハギたちを一喝してどかせていた、しかし祥子はその職員に向かって
「その人は鼻血が出ているから気遣ってあげないと」といさめている。
その男性職員は複雑そうな表情で祥子を見ていた。
そして祥子は婦人科外来で受けていた苛立ちを三人に八つ当たりしている。
診察室ではM医師自身の説明不足を棚に上げ
「妊娠できなくなるぞ」と脅かされたことを訴え
「検査をすると言われて内診台に上がったが、検査はされなかったから費用は請求しないでくださいよ」と診察費用について詰め寄っている
「内診台とは何ですか」と聞かれたので、苛立たしく婦人科の内診台について説明した。
「でも出血しているのでしょう」と言われると、
「出血プラスと書いてあるのですか?」とあきれ顔で問い返している。
「まあ、はい」と返答されると
「生理中ですから、それに無理やり下腹部をグイグイ押されたのだから流血しますよ、しかも関節が痛くなるほど開かされて」と声を荒げ、恥じらいもなく男性職員相手にぶちまけている、続けて
「だから請求しないでくださいよ、払いませんから」と言い張る、
「でも、写真は撮ったでしょう」と一瞬言われたが、その男性職員はもう一人の男性職員に肘でこつかれ卓上に目を落とし、メモらしきものを見て焦りの色に変わった。祥子が
「写真ですって」と詰め寄ると
「な、何をされているか見えないのですか」と投げ返される。
「おなかのところでカーテンがひかれているから見えません、耳を塞いどけといわれたけれど、検査はされていないから請求しないでくださいよ、それで、写真とはいったい何ですか、レントゲン写真なんて撮っていませんから」と、請求費用ばかりを気にしながら頓珍漢に詰め寄っている、
「点数に入れたらあかんな」と、ひそひそ声が聴こえる、その横で女子職員がシクシクと泣き出す、
「何故にあなたが泣くのですか、泣きたいのはこっちなのに」と怒って言うと
「はい、すみません」と素直に謝られ、男性職員に
「請求はしませんから大丈夫です」と言われ、モンスター患者にさせられたような気分になり引き下がっていた。
会計フロアーでも苛立つほど長く待たされ、やっと呼ばれたら、三十歳代の女性事務員に請求書を見せられた。
「この分だけは費用が掛かるので」と言われるが、少額だったことで納得してしまった。
「それで、もしも希望されるのでしたら、カルテを観ますか」と言われる
「変な費用が加算されていないのなら、見なくてもいいです」と答える
「剥がしておきましょうか?」と聞かれる
「検査データーをですか」
「まぁ」と変な表情をされる
「必要な検査データーなのでしょう」と問い返すと、顔をしかめながら
「それほどでも~」と言われた、何となく見たくない気がしたので、
「観たくないです」と返答すると、
「じゃあ、しっかり紙で覆っておいてあげますね」と言われる。
「あ、どうも」と会釈をして、やっと帰れた。
祥子は公立K病院の職員という立場の看護学生だったのでカルテにはK病院名が記されている。おそらくそれを確かめてのことだろうと思うが、一年後に正式にK病院に就職した時のこと、医事課研修会の報告という名目でこんなレクチャーを受けたことがある
「婦人科医者の変質的趣向により写真が添付された場合には紙でこんなふうに覆ってテープでしっかりと止めておくようにと指示されましたから、もしも紙で覆ってあるカルテを観たとしても捲らないでくださいね」と言う内容であったが、チラリチラリと祥子に視線が注がれていたような記憶が残っている。その時の祥子は
(私は撮られていないけれど、撮られた人が気の毒だわ)と自分に言い聞かせた記憶がある。そして医事課研修会の報告というようなものはそれ以来なかった。
盗撮写真は紙で覆われただけで一件落着されたようだ。安易だ、甘い。
祥子には顔写真を撮られたことに思い当たる節がある、それは寮生活をしていた時のある日の夜のこと、来客だと呼びだされたので外に出てみたが誰もいなかったことがある、寒い時期だったから二十一歳の診察の時期に重なる。そして垣根の中からフラッシュが光って、タッタッタッタッタとS病院の方向に走り去る音が聴こえたことがある、多分その時に盗撮されたのだろう、だから顔を見ただけで祥子だと判断できたのだ。
もしかしたらもっと年齢が経たときの顔も撮られていたのかも知れない。
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