第4話 顔に写真を翳される
祥子は自分の顔の下に写真を翳しニヤニヤ見入るキツネから「何を見ているの」と言って写真を取り上げようと腕を押さえた。それに焦ったキツネがカワハギに写真を渡そうと手を伸ばしたのだ。そのとき壁際にいた女子事務員と学生の東藤さんの目の前に写真が露わになったようだ。とたんに二人とも血相が変わった。
「何が写っていたの」と問いかけたが、女子職員は祥子の胸の名札を見て、直ぐに何かに気づき、食堂に降りるのを止め急務Uターンして駆け上がって行った、そのあとを東藤さんも追いかけたが、追いかけきれずに立ち止まって頭を抱え込み、ふと顔をあげて祥子の前に戻り
「先生、おなかが痛くなったから食べません」と言って、Uターンして実習場所の循環器病棟に向かった。
おそらく彼女は実習指導者の白田さんと病棟主任に伝えに行ってくれたのだろう。祥子は東藤さんの様子が変だと気づきながらも他の学生と食事に向かった。そして病棟に戻ると白田さんから、東藤さんが体調不良で早退したことを告げられた、自分よりも病棟指導者の白田さんに体調不良を告げたことにも違和感を覚えていた。
その日の実習が終わり、隣接の看護学校へ戻ると、体調不良で帰ったはずの東藤さんが校舎から出てくるところに出くわした
「あれ、体調は大丈夫なの」と問うと
「・・・あ、・・まだちょっと・・」と言って、彼女は慌てるように走り去っていった。
次に校舎の社員用出入口のところで看護二課の北山教員と看護学部長の矢田教員に出くわした。そこでは北山教員から「ごめんね」と謝られるが当時は意味が分からなかった。北山教員は祥子が看護学生だった頃の担任教員であり、当時は教員一年目の新米教員だったのだ。祥子が生理痛で悩んでいると相談したら、安易に講師である六林医師を勧めた人物だ。矢田教員は
「ごめんでは済まされないわよ、穢されたのだから」と北山教員の憤慨している。
「矢田先生、この子は知らないので、言わないでください」と北山教員は八田教員の発言を制していた。そして矢田教員は祥子に
「自分で知ろうとしないと、気づかないとだめよ」と苦々しそうにつぶやき、二人で外に出て行った。おそらく行く先はS病院だろう、S病院内では実習病棟と医事課が連携し、キツネとカワハギから写真を取り返す作戦を練っていたに違いない、そこに教員二人も立ち会ったのではないかと予測できるが、もしかすると東藤さんや他の学生も参加していたのかもしれない。
こうして学生と医事課と実習病棟が連携して食事時間を合わせるように仕向け、奴らが写真を持っている現場をキャッチして捕り物帳をなし得たのだろう。
そういえば食堂で座る席は、祥子はいつも他の職員に背を向ける席だった。それは学生たちの配慮によるものだったのだろう。
祥子は自分のために大勢の人が奮闘してくれていたのだと気づいたことで、動悸は治まり呼吸も楽になった。しかし卑猥な言葉の数々は、彼女たちを男性恐怖症にさせてしまったのかもしれないのだ、そう思うと次は申し訳なさで気が滅入り、再び鼓動は高鳴り、その状態の中で、食堂で聞いていた場面が蘇った。
「どんなに化粧で隠したとしても性器にしか見えないな」
「ワハハハハ、ほんまや」
「性器の顔を嫁に出来る自信あるか」
「ないない、シャレにならん」
「結婚式で、ベールを捲れば性器」
「ワハハハ」
「角隠しの下は性器」
「ワハハハ」
「ワハハハ、角隠しが一番ウケる」
「ワハハハハ、ワハハハハ」
「それにしても、頭を押さえつけている手は一体誰の手や、お前らの手か?お前らと違うとしたら、この病院には俺らよりの悪の、むっつりスケベが存在するってことやな」
背後からこんな会話が始まった時に東藤さんは他の生徒と目配せをして食堂を出て行った。医事課へ伝えに行くためだろう。その間、祥子はくすっと笑っていた。
「先生、なんで笑うの」
「あほらしくて面白い」祥子は単純に漫談に聞こえたから笑っただけだ。しかし彼女たちには祥子が壊れたのかと思いゾッとしていたのかもしれない、誰かが質問した。
「先生、過去に婦人科受診したことありますか」
「あるよ」
「もしかして、その時盗撮された可能性はないですか」
「あるかもしれないね、もうどうでもええわ」
「先生、諦めないで」そういって東藤さんが祥子の手を握ってくれた。
東藤さんはもう横に座っていた、おそらく食堂の上で医事課の誰かが待機していたに違いない。
ところで祥子は盗撮されたかどうかについて「どうでもええわ」と投げやりに応えてはいたが、この時点でも被害者であるという自覚はなかった、それよりも他に気がかりがあり、そのことで頭がいっぱいだったのだ。
それにしても学生たちは約一か月間も祥子に悟られないよう注意を払いながら実習をしていたのかと思うと頭が下がる、特に東藤さんは実習よりも祥子への配慮に心がけてくれていた。
それなのに祥子は実習内容の希薄さを指摘していた。そして彼女は「はい」と頷くだけだったのだ「先生は知らないから」と、もどかしそうにしていた他の学生達の表情が浮かぶ、また白田さんに「東藤さんは東藤さんなりに良く頑張ったものね」と讃えられていた真意がやっと分かった。
ところで此処はどこだったかしら、県内屈指の大病院だと思っていたが、変態医師の盗撮写真だと気づいていながら貼り続け、統制が利かない猥褻軍団を野放しにしている破廉恥病院だったようだ。
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